2章17話 17:52 たまたま天音と出会って、彼女の私服を見てしまう(4)



 とはいえ、この喉の奥になにかが詰まっている感じを、どうやって説明すればいいんだ?

 とりあえず、天音と別れたあとにメモだけしておいて、帰宅したあとに改めて考えるか。


「あぁ、なるほど。神様が存在している確率が何%だとしても、無限の値をいくら有限の値で弄ったところで、無限の値は揺るがない。だから神様が実在してもしなくても、期待値を考慮すれば、信じた方が理に適っている。なんて、パスカルさんは考えた、ってこと?」

「理解が早いじゃないか。もしキミがさらに深く知りたいと思うなら、パスカルの賭けについて書いてある『パンセ』という彼の著作、気になるならそれを読んでみたまえ。書店になく、電子書籍も肌にあわないというのなら、ぜひともボクの自宅にきておくれよ。その訳書が全巻揃っているからね」


 親の持ち物だろうか?

 いや、出会ってまだ2日目だけど、それが天音の持ち物を言われても、正直おかしくない。


「シュールだ……。ゲーセンの格ゲーの筐体の近くで、若い男女が神様について語っているし……」

「お兄ちゃん、その女性は?」


「あぁ、何度か話した、俺の新しい友達の――」

「初めまして、ボクの名前は月島天音という。キミのお兄さんのお友達だよ。よろしく、仙波望未くん。仲良くしてくれるとありがたい」


 言うと、天音は望未に近付いて、右手を差し出した。

 一方で望未も手を差し出して、きちんと握手してみせる。


「不気味の谷は越せたようだね」

「はい。現状、私にはそれを知覚する方法がありませんが、周囲の方々の反応を考慮すると、そう認識されている傾向が強いはずです」


「それと、初対面なのにすまないけれど、ブルーブレイン、という計画を聞いたことはあるかい? あぁ、もし喋れなければ、禁則事項です、と言ってくれればかまわない」

「いえ、聞いたことがありません」


 なに言っているんだ、2人とも……?

 そしてそれが終わると――、

 今度、天音は姉さんの方を向き――、


「アナタは悠真くんのお姉さんだろうか? 初めまして。今、望未くんにも自己紹介させていただいたけれど、月島天音です。どうぞ、なにとぞ、よろしく」

「えっ、あっ、はい……、仙波悠乃、です……」


 今度は姉さんに握手を求める天音。

 一応、姉さんも反応を窺うようにとはいえ、それに応じたが――、


「申し訳ない。いささか馴れ馴れしすぎただろうか?」

「えっ? いやいや! そういうわけじゃないし! ちょっとビックリしただけだし!」


「なに、取り繕う必要はないさ。どうしてもこういう口調を直せなくてね。思えば、高校生が目上の方に対して失礼だったかもしれない。下手な演者のようにわざとらしく聞こえるだろうが、心が痛むよ」

「いやいやいやいや! 取り繕ってないし! 大丈夫だし! えっと、こっちこそゴメンね? そういうふうに見えちゃったかな? そういうつもりは本当になくて!」


「そうかい? ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。悠真くんのお姉さんは、優しい女性なんだね」

「ご、ゴメンゴメン! 初めて会うタイプの女の子だったから、距離感がつかめなかっただけだし! それに、全然優しくないし! これぐらい普通だし!」


 姉さんが手玉に取られていた。

 天音にも思うところがないわけじゃないけど、姉さんも姉さんでチョロすぎる。


「さて、ボクはおいとまさせてもらおう。悠真くんに会えればいいな、とは考えていたが、深く語り合おうとは考えていなかったからね。勝手に見付け出したのはこちらではあるが、それじゃあ、悠真くん、月曜日に、また部室で」

「あ、あぁ……」


「望未くんと、悠乃さんも、またお会いできるのを楽しみにしてさせてもらうよ。それじゃあ、またどこかで」

「はい、またどこかで」

「さようなら、えっと、月島さん」


 言うと、本当に天音はゲーセンの階段の方に行ってしまった。

 彗星のように現れて、嵐のように去っていったな。


「……ユニークな友達だね」

「ユニークだけど、普通にいい人なんだよなぁ」


「望未のことは?」

「話して、しかも信じてくれたよ。望未がアンドロイドってことも」


「実は悠真のことが好きだから話をあわせた、とか?」

「まだ知り合って2日目なんだよなぁ」


「あれで?」

「あれで」


 もちろん、過去にそういう類のイベントがあった、というわけでもない。


「質問ですが、そろそろ私たちも移動しますか?」

「そうだな」

「アタシも望未も、パンツを盗撮されたら困るしね!」


 冗談めかして姉さんが笑った。

 しかし望未はキョトンとしているような表情かおで――、


「なんのことでしょうか?」

「あっ、望未は困らないかもしれないけど、犯罪でしょ、盗撮って」


「困る、というのは不利益を被った時に使う表現でもあります。感覚的に理解しているわけではありませんが、それが社会性の強いデメリット、悠乃の言うように犯罪ということは理解しています。ただ――」


「「ただ?」」

「私は今、パンツを穿いていないので、存在しない物を撮影することは、物理的に不可能のはずでは?」


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