3章10日 4月16日 予感もなく、理由もわからず、その報告は突然に



「さて、昨日は上手くできたかい?」

「……できなかったよ、俺」


「ではなぜできなかったのかを分析して、次に活かすしかないだろうね」

「ぶ、分析ですか……」


 翌日、例のごとく部室にて――、

 俺と天音はやはり昨日のように読書をしていた。


「俺もなんとかミラーリングしようと思ったんだが……距離が近すぎた」

「距離? ミラーリングはオンライン会議でも使えるような小技だったはずなのだけれども……?」


「いや、そういうのじゃなくて、相手に羞恥心がないから、けっこう引っ付いてきて、逆に俺の方は恥ずかしがるという……」

「なるほど」


 頷くと天音は割り箸でポテチを食べた。

 本棚で死角になっているから、誰かが入室しても充分に隠す時間があるとはいえ……よくもまぁ、テーブルの上に堂々と。


「それでも実際にやってみようと努力したのは素晴らしいことさ」

「ありがとう。ただなぁ……」


「なにか心配事でもあるのかい?」

「言っても引かない?」


「断言はできないが、そう努めることは約束しよう。悩みがあるなら話した方が学術的にも好ましい。もちろん、無理強いはしないけれどもね」

「天音が言うと説得力があるなぁ……」


 仮に白崎に言ったら「風紀が乱れる!」と怒られるだろう。

 でも天音なら、冷静に、俺とは違った視点から、論理的なアドバイスをくれる気がする。


「流石にもう、思い込みが揺らいできた気がするんだ」

「具体的に、どのような?」


「あんなに可愛くて、淡々としているけど、普通にコミュニケーションできる女の子。彼女に感情がないわけがない、って、そんな思い込み」

「ちなみに、どういった経緯でそれを自覚できたんだい?」


「キスされた」

「…………ふぇ?」


「どこからどう見ても人間の女の子にキスされて、だからこそ、そういう人として大切なスキンシップを淡々とされて、違和感を覚えてしまった」

「そ、そうかい……。なら、それはノーカンだ。ファーストキスではない」


 微妙に天音が引きつったような笑顔を浮かべた。

 いつも喉が砂で溢れて乾いているような退廃的な笑みを浮かべているのに……まぁ、うん。


 やはり女子にキスのことをデリカシーなく話してしまったせいだと思う。

 が、だけど、初めて天音の素のリアクションを見た気がする。


「コホン! さて、ではこれからはどうするつもりだい?」

「これからかぁ……」


「自分が望未くんに感情があると思い込んでいたことを自覚した。なら、当然の流れとして、次は本来の目的通りに感情を抱かせるべきだとボクは思うが……キミは?」

「そうだな。仮に向こうがなにも思っていなくても、実験が失敗に終わって離れ離れなんて、俺の方がイヤだし。いくらなんでも寝覚めが悪くなりそうだ」


 正直に言うと、俺だって男子だし、あんな美少女にお兄ちゃんなんて呼ばれて同棲することが、嬉しくないわけがない。

 だからこそ、逆に言えば、別れが来た時、絶対に悲しくなるって断言できる。そうならないためにも、早々に次の行動に移るしかない。


「ところで悠真くん」

「ん?」


「休日など、ボクも実験に参加してもいいだろうか?」

「マジで!?」


「クスッ、もちろん本当だとも。休日を漠然と過ごしても退屈なだけだからね。キミたちのやっていることはとても面白そうだ」

「ありがとう。今、姉さんにも訊いてみるよ」


 言うと、俺はその場でスマホを取り出し電話してみる。

 そしてすぐに姉さんは応答してくれた。


「姉さん? 今、少しいい?」

『いいって言うか、その……、なんて言うか……」


「歯切れが悪いな。ダメならかけ直すけど?」

『いや、大丈夫。むしろ用があったのに悠真からかけてきてくれた感じだし』


 なら確かに問題ないな。


『そうだね……先に悠真から言ってくれない? こっちの用件は長くなりそうだし』

「この間、ゲーセンで姉さんも会った天音って子、覚えているよな? 端的に言えば、彼女を実験に加えたいんだけど……」


『それについては一応他のメンバーとも相談するけど……十中八九、大丈夫だと思う』

「ずいぶんとアッサリした答えだけど……これって機密事項とかじゃないよな?」


『そんなわけないし。どれだけ望未を外に連れて歩いていると思ってんの?』


 そりゃそうか。


『って言うか、こちらとしてはむしろ望ましいぐらいだし。望未の事情をすぐに認めてくれる第三者なんて、現れないと思っていたから』


「なるほど……天音、OKの可能性が高いそうだ。まだ断言はできないらしいが」

「どうもそのようらしいね。休日にも悠真くんに会えるのが楽しみだよ」


 からかうような笑みを浮かべる天音。

 小首を傾げると彼女の亜麻色の髪がサラッと、崩れるように流れて揺れる。


『……今、そこに天音ちゃん、いるの?』

「ん? あぁ、いるぞ」


『なら、スピーカーモードにしてくれない?』

「りょーかい」


 スマホをスピーカーモードにしてローテーブルの中央に置く。


『えぇ……っと、天音ちゃん。悠真の姉の悠乃です。こんにちは』

「こんにちは、お姉さん。悠真くんの方からお話は伺ったと存じますけど、まずは検討いただけるだけでも感謝しております。ぜひ、いいお返事がもらえれば幸いです」


『いえいえ! こ、こちらこそ協力を申し出ていただき、ありがとうございます!』

「ウソ偽りなく礼には及ばない。部外者なのに好奇心本位で、いささか急なお願いをしたのはボクだからね。むしろ、こちらが一方的に礼を述べるぐらいでちょうどいいはずさ」


 あぁ、そうか。傍から見てようやくわかった。

 天音はかなり不遜に話す女の子だ。


 でも、相手が誰でも天音本人があれを崩すことはないから、相手はあれに強制的に巻き込まれるのか……。

 言動が堂々としすぎていて指摘するよりも早く……。


「それで姉さん、俺に用事って?」

『あぁ~、えぇ~、っと……ねぇ?』


「スピーカーモードにしたということは、ボクも聞くべき話だと推測しますが?」

『その……悠真? それと天音ちゃんも』


「どうした?」

『落ち着いて聞いてね?』


「……イヤな予感がするけど、覚悟はしておく」

「善処はさせていただこうか」


 言うと、スマホの向こう側で姉さんが深呼吸するのが聞こえてきた。

 かなりテキトーな姉さんがこうして改まると、やはり、不快な緊張を覚える。


 そして姉さんは意を決したように――、

 焦らされて心臓の鼓動が早くなる俺と――、

 隣の目を瞑り、考え事をするような天音に――、


『あくまでもまだ、検討している途中なんだけれども……望未の知能が、シャットダウンされるかもしれない』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ピュアでクールな義妹を育ててふれあいデレさせたい! ~本人が望んでいるからエッチもOK!~ 佐倉唄 @sakura_uta_0702

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ