1章7話 4月10日 意外とリアルにブラコンで、美人なお姉ちゃんと外食へ(3)



「まず、改めて断言させてもらう。この子はアタシたちが作ったアンドロイド。人間じゃ、ない」

「シーカーさんがアンドロイドだってことは、ひとまず、わかった。でも――」


「でも?」

「どうやって動いているのかにも興味はある。大学院のどこに所属しているのかも、大切なことだって、高校生の俺でもわかっているつもりだ。けど、一番初めに聞きたいのはそれじゃない」


「それは?」

「どんな理由で、シーカーさんは俺たちの家で暮らすことになったんだ?」


 ふと、姉さんはシーカーさんをチラ見した。


「昨日も言ったとおり、この子を作った目的は、機械に感情を持たせる実験のために、必要だったから」


 冷めないうちに、せめて一口は、という感じで、姉さんはカプチーノに唇を付けた。

 そして、マグカップをソーサーに置き直すと、あとは冷めても仕方がない、という雰囲気で話を続ける。


「不快に思われることを承知して、ハッキリ言っておく。アタシたちは最初、シーカーのことをただの機械だと認識していた。それに、それが科学者として正しいとも信じていた。モルモットを殺さないでくれ、なんて言っちゃうお人好しは、科学者としては、ねぇ?」


「――情が、移ったのか?」

「そういうこと。実際、最近は少しずつ増えてきているみたいだし。スマートフォンの音声入力への返答機能を筆頭に、カーナビや、ルンバや、果ては湯沸かし器のアナウンスにまで、人格を見出しちゃう幼稚園児や保育園児が」


「俺には、それが悪いことだとは思えないけどな」

「とはいえ、アタシたちのグループの大半がこの子に情が移っちゃってねぇ……。実験そのものはできたけど、科学者側に問題が起きちゃって」


「シーカーさんがグループの中でお姫様ポジションになった、とか?」

「いや、そこまでじゃないし。悠真はIQって言葉、もちろん聞いたことあるよね?」


「? あぁ、もちろん」

「この子はなんて言うのかな……。IQは確かに高いけど、心の知能指数とか、共感指数と呼ばれているEQや、社会的知能指数であるSQが、極端に低いわけ。いや、根本的に、あるかどうかもわからないし、みんなで共通している暫定的な結論としては、恐らくない」


 無意識だった。

 俺はシーカーさんの顔を一度見る。


 事実なのかもしれないけど、姉さんが言っていることは、正直人間が相手なら悪口だ。

 なのに、すぐ近くに座っている銀髪碧眼の美少女の顔には、特に不快感や悲しみなんてモノは浮かんでいない。


「もちろん、それは最初からわかっていた。いや、そもそも、人工知能にEQやSQを持たせよう。言い方を変えれば、そういうコンセプトの実験でもあったから、なくて当たり前で、シーカーがなにか失言しても、笑って許すのが前提のはずだった」


「誰か、論破でもされたのか?」

「まぁね、アタシの友達に、まぁ、百合っ気の強い子が2人いたんだけど、完膚なきまでに叩きのめされちゃって」


「自分だけなら流せたかもしれないけど、みんなの前で、か……」

「さて、あまり長く話してもネガティブになっちゃうだけだから、要点を先に言うけど、OK?」


「あぁ、大丈夫だ」

「まず、アタシたちはもう、この子のことを、いささか人間の女の子として見過ぎてしまっている。次に、会話は普通に成立するのに、端的に言えば空気が読めなさすぎて、違和感がヤバイと思った。続いて、けれど空気が読めないだけで、むしろ頭が良い女の子でしょ! ってモニターを見ても、人工知能に喜ばしいエラーがなく、実験が進まない上に、これで感情がないの? って現状のやり方だと詰んでいるのではないか、という意見も出てきた」


「本当はシーカーさんの前でこういうこと言うべきじゃないと思うけど……、なにか理由があったのか? 被験者とコミュニケーションを取らないといけない理由が」

「人間のカウンセリングと一緒。コミュニケーションを取るために、目の前にいてもらわないと。開発チームとは別の相手を用意したこともあったけど、その相手だって、毎日朝から晩まで暇なわけがないし」


「俺には絶対に無理だけど……、そこでそういう類の感情を押し殺して実験するのが、偏見かもしれないけど、科学者なんじゃないのか?」

「そう。だから一番重要なのは最後の要点」


「それって――」


 姉さんの目を真っ直ぐに見る。

 対して、姉さんの方も、こればかりは間違えていない、と、言いたげに俺の目を見返してきた。


「――変化を与える。シーカー自身に変化がないなら、環境を変える」


 ひと段落付いたためか、姉さんは再度、カプチーノを飲む。

 俺の方も、そろそろコーヒーを飲ませてもらおう。


「意外と当たり前な結論に落ち着いたんだな。経緯は理解したけど、意外性がなさすぎて途中で結論がわかったぞ?」

「許してよ。変化がないなら環境を変えるなんて、基本中の基本だから、小学校の自由研究から大学院の実験まで、ずっと言われるんだし」


 いや、言っていることはわかるけど……。

 引っ張った割に、頑張れば小学生でも自力で辿り着けそうな結論じゃん……。


「で?」

「で、とは?」

「その結果、なんで俺たちの家でシーカーさんが暮らすわけ?」


 もともと、これを聞くための質問だし。


「ヒント、その1。青葉学園大学大学院は私立である」

「そうだな」


「ヒント、その2。同じく、その高等部も当然私立である。それと幸いなことに、理学研究科、工学研究科、情報科学研究科とは距離が近い」


「……待て、待ってくれ……」

「ヒント、その3。そして、私立青葉学園の高等部に通っている弟なり妹がいるのは、アタシだけだった」


「それってさぁ……」

「うん」


「もしかして今回の同棲実験で、シーカーさんにとっての最重要人物って、姉さんじゃなくて――」

「――十中八九、お考えのとおり、悠乃ではなく悠真さんの方になります」


 風鈴の音色のような声でシーカーさんは結論を教えてくれた。


「……転入するの?」


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