1章2話 4月9日 帰宅したら、全裸の銀髪美少女が待っていた件について(2)



「いやいやいや! なんで目の前で着始めるの!?」

「? 場所の指定がなかったからです」


「目の前で姉の下着を、初対面の人が身に着けようとしている俺の気持ちをわかってくれ」

「それがわかれば、誰も苦労しないと思いますが?」


「おっと、まさかいわゆる不思議ちゃんなのか……?」

「まぁまぁ、確かに弟の前で姉の下着を穿こうとしている美少女を、放置するわけにもいかないし」


「では、悠乃、私はどのように?」

「アタシの部屋で着てくれる? 外で待っているから」


「了解しました」

「えぇ……、なんかのプレイ?」


 言うと、シーカーさんは姉さんの衣類を抱えて姉さんの部屋に入る。

 続いて、ドアが完全に閉まったあと、姉さんは俺の隣に立って――、


「いつまで尻餅ついているつもり?」

「尻餅つかせた側のひとりが言うなよ……」


 とはいえ、いつまでも廊下に座っているわけにもいかない。

 立ち上がって姉さんのことを軽く睨む。

 なのに、その本人は俺の視線を気にも留めず、悠々と壁に背を預けると――、


「ビックリした?」

「したよ! 人生で一番! 帰宅したら自分の部屋に全裸の美少女だぞ!? 自分に置き換えて想像してみろ!」


「ラッキーじゃん。役得じゃん。人生で1回もなくて当然のレベルだし」

「結果的にはラッキーなイベントだった。けど、割と本気で、あんなに可愛いのに変質者の可能性を疑ったぞ? ていうか、シーカーさんって、姉さんの友達?」

「友達になれればいいんだけどねぇ……」


 自分の家で裸にさせているのに友達ではない、ってのは無理あるだろ。


「それと、シーカーっていうのは名前じゃないし」

「愛称?」


「いや、所属、かな? 存在としての」

「は?」


「人間の悠真に向かって、仙台市民、って呼び掛けている感じ、ってこと」

「姉さん」


「ん?」

「頭打ったのか? 薬いる? 病院行く?」


「あ~、今、お金ないんだったし……。1万円ちょーだい? あと、外食するって母さんに言っておいて、長引くかもしれないし」

「利子はトイチな?」


「10日で1割って……、姉をなんだと思っているのか」

「10割を1日でトイチだ」


「ならいいや、病院行かない。そもそも頭なんて打っていないし」

「はいはい。それで、結局あの子は――」


 俺が続きを訊こうとした瞬間、姉さんの部屋のドアが開いた。

 そこから姿を現したシーカーさんは、確かに姉さんの服を着ていた。流石に、服の着方がわからなくて半裸で出てくる、という展開は回避されたらしい。


 しかし正直、持ち主本人が着るよりも圧倒的に綺麗だった。

 姉さんだってわりかし美人の部類に入る。ファッションセンスだって悪くない。部屋着は除外するとして。


 なんかもう……、この子が中世の奴隷のようなボロ布をまとっても、これはこういうコンセプトの芸術です! って言えば、むしろかなりの人からその美しさを認められるんじゃ……。


「変な子だけど、正直、メチャクチャ可愛いな。同じ人間とは思えない」

「悠乃、もしかして、悠真さんに私の情報をあまり伝えていないのですか?」


「シーカーに能動的に自己紹介してもらいたかったし」

「了解しました」


 なんのことだ?

 まぁ、今に説明されるんだろうけど。



「私は私立青葉学園大学大学院、理学研究科、工学研究科、情報科学研究科などの大学院生22名が共同で製作した感情学習推移観測実験用ヒューマノイドデバイス、機械名:シーカー、個体識別番号:0001です。今日から、お世話になります」



「は?」

 情報量が多すぎる。

 言葉で頭を殴らないでくれ。痛いのはキャラ設定だけで充分だ。


 っていうか、前半はこの子の妄想の可能性が高い。

 けど、最後の一言って、どういうこと?


「要するに、人工知能に感情、意識を宿す実験のためのアンドロイドってこと」

「えっ? いや……、そうじゃなくて……」


「厳密に言うと、意識を宿す実験じゃなくて、意識が宿っても宿らなくても、その経過を観察、記録する実験のための――」

「待て! ちょっと待て!」


「なに?」

「今日からお世話になります、ってどういうことだ?」

「シーカー、今日からこの家で暮らすわけだし」


 無言のまま、俺はシーカーさんに視線を向ける。

 この子がアンドロイドっていうのは、正直、今はまだ信じていない。


 男子高校生である俺にとって一番重要なのは!

 例えアンドロイドでも、こんな美少女と一緒に、一つ屋根の下で暮らすことだ!


「事実確認のために私に視線を向けたと推測しますが、悠乃の言うとおりです。改めて、今日からよろしくお願いいたします、悠真さん」


 軽く会釈するシーカーさん。

 その姿は本当に人間の女の子のようにしか見えない。


 冷静沈着だけど、言い換えれば淑やかに見えるし。

 無表情だけど、言い換えれば純真無垢に見えるし。

 その上、さっき見てしまったとおり、アイドルや女優さえ、並べば存在が霞むほど容姿端麗だ。


 姉さんめ……。

 高校生の弟がいるのに、友達を遊びに連れてきたノリで、同居人を増やすなんて……。


 急展開すぎるのは百歩譲って見逃す。

 インパクトが強いから記憶に残りやすく、だからいつまでも気にしてしまうだけだし。


 だが、せめて、俺と母さんと父さんから了承を取ってからに……。

 いや、俺はともかく、母さんと父さんには了承を得ていないとおかしい。

 大学院生とはいえ、子供部屋お姉さんなんだし。


 ということは、知らなかったのは俺だけか……。

 えぇ……。


 シーカーさんが何日ここに滞在するかは知らない。

 泊まることになった理由もわからない。


 そもそもシーカーさんとは出会ってまだ5分程度だ。

 けど……、どうなるんだ、これ?


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