1章12話 4月11日 文芸部の妖精は退廃的で、耽美的だった。(2)



「月島天音さんは、男子みたいなことを言われて……」

「いやいや、ボクは正真正銘、女の子さ。いささかだらしない身体と、個人的には思っているが、この体型を見ればわかるだろう? 一体全体、なにをどのように間違えれば、そのような誤解が生まれるんだい?」


 だらしない身体っていうか、深水のヤツが好きそうな体脂肪率は少し高めだけど、体重は平均以下の美少女っていうか……。

 今さら遅いかもしれないが、自分でも今の自分の表現をキモイと思うからそれは置いておいて……、確かに、月島さんはどこからどう見ても女の子のようにしか見えない。


「確か一番初めに月島さんのことを男子扱いしたのは……、あっ、白崎か」

「なんだ、雪村のヤツではなかったのか。残念だね。彼がこちらに隙を見せたのかと、一瞬、喜んでしまったというのに」


「っていうか、白崎のヤツ……。さっきLINEで、月島さんのことは特に知らない、って言っていたはずなのに」

「おやおや。早速、愉快そうな展開じゃないか。その白崎さんとやらに、今、訊いてみればいい。いや、むしろぜひとも訊いておくれよ。なぜ、ボクを男子と間違えたのか」


「いいんですか?」

「あぁ、逆に、お願いしたいぐらいだとも。退屈していたからね」


「す、すみません、それも重ね重ね」

「謝罪には及ばないさ、この程度」


 スマホを取り出す。

 次に即行で白崎にメッセージを飛ばした。



仙波悠真 : 『白崎、なんで月島さんを男子だと思ったんだ?』

MIYA SHIRASAKI : 『えっ? だって雪村のヤツが月島さんの真似をした時』

MIYA SHIRASAKI : 『ボク、って一人称を使ったから……』



 立ち上がってこっちに寄ってきた月島さん。

 キツネの毛のようにやわらかそうな亜麻色の長髪からはバニラのような香りが、身体からはミルクのような匂いがしてくる。


 それはともかく、画面を見たそうだったので、月島さんにそれを見せてあげた。

 内容的にも、ギリギリセーフそうだし。


「貸してもらってもいいだろうか? 一言だけ言いたくなった」

「勘違いしていたこっちが言うのも筋違いだけど、投稿するなら、俺にその文面を……」

「流石にそのぐらいの分別はあるつもりだよ」


 スマホを月島さんに渡す。

 数秒後、彼女は画面を俺に向けてきた。

 うん、これぐらいなら……。



仙波悠真 : 『すまないね、白崎さんとやら』

仙波悠真 : 『ボクなんて一人称を使っているが、ボク、月島天音は女の子だ』

MIYA SHIRASAKI : 『ふぁぁ…………』


仙波悠真 : 『少しだけ上の会話が見えてしまったが』

仙波悠真 : 『自分を破壊する一歩手前の負荷が、自分を強くするよ』

MIYA SHIRASAKI : 『ぁ……、ぁ……』


仙波悠真 : 『ボクを男子だと間違えた件については』

仙波悠真 : 『また、いつか、どこかで』

MIYA SHIRASAKI : 『すみませんでした(´;ω;`)』



 月島さんが俺にスマホを返してきた。


「それと次に、雪村から伝言があるんだけど……」

「あぁ、教えてくれたまえ。彼からなにを預かったんだい?」


「お前ならこいつの悩みを解決できるだろう? まぁ、できないなら無理する必要はないが。――と、そのように言っていた」

「そうか、実にあいつらしい。ところで――」


「はい?」

「なぜ、今の伝言をボクに言おうと思ったんだい? 自分の主義に誓って苛立っている、ということはないが、相手によっては不快に思うだろうね」


「雪村はどうしようもなくトラブルメーカーだけど、悪いヤツじゃない、っていうのは理解している。そんなあいつが実際に伝言を頼む、ということは、あいつと月島さんはそれが許される仲だ、って考えたんだけど……違ったなら謝らせてほしい」

「いや、違わないさ。事実、ボクの方も雪村のヤツを煽ることだってある。イジワルな質問をして悪かったね。許しておくれよ」


「ちなみに、雪村とはどういう……」

「入学式の時、彼が新入生代表の式辞を述べたのを覚えているかい? 今では想像もできない猫を被っていたようではあったが」


「ま、まぁ、あいつ、目立つのが好きだから」

「あれは本来、ボクがやるべきモノだったのさ。ただ、億劫おっくうだったからね。ボクが辞退したことによって、次席の雪村があれを務めたわけだよ。彼がボクの存在に気付いたのは、去年の前期中間試験の成績発表の時だった。結果、他者から与えられた栄光に我慢できず、彼はたまにボクに仕掛けてくるようになったわけさ」


「勝敗は?」

「知識量ならボクの勝ち。なにかに対して枠組みに捉われない発想力や、それを現実にする行動力なら、あちらに軍配があがる。勉強できるか否かではなく、根本的な知能指数なら、ボクの方が少し上だろうね」


「なら、月島さんの方が――」

「いや、そんなことはないよ。当然、知識量や頭の良さはボクの方が上だとも。けれど、行動力というのは頻繁に、こちらからしてみれば軽々しくそれを凌駕してくる。残念ながら、今はまだ互角と言わざるを得ない」


 そこでふと、月島さんは窓に近付いて遠くを眺める。


「とはいえ、こちらだって簡単に負けてやるつもりはない。挑まれた勝負に背を向けるのは、ボクの主義に反するからさ」

「えっ……?」


 あぁ……、きっとこのあとのセリフは……。


「ひとまず、そろそろ座りたまえ。キミの悩みはボクが聞いてあげよう」

「――――」


「心配には及ばない。ボクが雪村雲雀に負けるわけがないじゃないか」

「――――」


「そして、今のボクの発言を雪村雲雀に伝えるといい」

「えっ? な、なんで……」


「彼は、どうぞ、拾ってもかまわないですよ。そう譲られた勝利は絶対に拾わない。キミもそうは思わないかい?」

「あぁ、全面的にそう思う」


 そして彼女は少し窓際から離れて――、

 スカートを翻すようにこちらに振り返ると――、


「改めまして、ボクが月島天音だ。

 一応、疑念は払拭させてくれたまえ。

 このとおり、ウソ偽りなく女の子さ」


「急にパンツを見せないでください!」


 勢いよく顔を背ける。

 が、不健康なぐらい白いのに、けっこう肉感的な太ももと、ライトグリーンの下着は、記憶に焼き付いてしまった。


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