2章6話 17:12 月島天音という文芸部部長は、からかい上手でもあったみたい(3)



「実験のサルの傾向、それは条件反射という名称で人間にも存在している。キミにとっても身近な例でいうと、ソーシャルゲームの課金ガチャや、それ以上に、カシャ! としたら、ポン! と新着情報がタイムラインに出てくるSNSとか、ね」

「あれって一種の依存状態だったのかよ……」


「とにもかくにも、当然であるという無自覚な認識は人間を盲目的にさせるわけさ。話を戻すけれど、例えば、クラスメイトに、自分の他に仙波悠真がいると思うかい?」

「いやいや、いるわけないでしょ」


「その範囲が、地球全体に広がったら?」

「それでもいないでしょ」


「同姓同名の人物がいたとして、その人と自分は一緒の人間だと思うかい?」

「まったく思わない」


「それは、常識的に考えてかい?」

「あぁ、常識的に考えて」


「その常識的な考えというのは、同じ人間が世界に、他に存在しているわけがない、という考えのことかい?」

「あぁ、そうだけど……」


 瞬間、不意に天音はなにかを考えるように俯いて、手で口元を覆った。

 しかしすぐに元に戻ると――、


「ボクとしたことが、非常に大切なことを言い忘れていたようだ」

「キチンと記憶するからさっきのはやめてくれ」


「クスッ、それは残念。さて、まぁ、これはなにに関しても同じことが言えるが、二元論じゃないよ、人の心は。アイデンティティの強さだって、100か0かではない。今みたいに断言してしまうキミだって、90とか95の可能性がある。一方で、パーソナリティ障害を患っている人でも、0なんて、少なくともボクは聞いたことがない。あぁ、もちろん、この数字は物の例えだ。注意してくれたまえ」


「そうだな。教えてくれてありがとう」

「しかしながら、個人的には自己同一性よりも先に、自律性や積極性をどうにかすべきと考えているが、仕方がないね。特に積極性は、感情が芽生えたあとでないと、どうしようもないだろう」


「積極性?」

「望未くんに、好きなことをしろ、そのように指示を下したらどうなるんだい?」


「? 自分で考えて、目標、感情取得のために行動するらしいけど……」

「なるほどね。好きに行動しているけど、好きなことを楽しんでいるわけではないか。想像できていたが、それでも、やはり」


 その時だった。

 電車がくることを知らせるアナウンスが、やたら反響したのは。


「実は、先ほどからキミに対して思っていたことがある」

「? なに?」


「月島天音は、仙波悠真の発想をすごくユニークだと思っている」

「ど、どのへん、が?」


「人工知能に、心理学や、哲学を当てはめてみよう、なんて考えてしまうところがさ。個人的には、ここに脳神経科学を加えればモアベターだよ」


 と、そこで電車がきた。

 ドアが開くと、俺も天音もスムーズに乗車し、空いていた席に座る。

 ここまで一緒に歩いてきたのに離れて座るのもおかしかったので、俺は天音の隣に。


「悠真くん、すまないが1つ、頼みを聞いてくれるかい?」

「なに?」


「まさかキミに寄りかかる、ということはないだろうが、少し仮眠を取る。仙台駅に着いたら、起こしてくれるとありがたい」

「えっ? 大丈夫なのか?」


「体力が尽きた、というわけではないよ。正直、少し疲れてはいるがね。帰宅したら読書をするか。あるいは、マンションの隣室に住んでいる従妹に、ゲームに誘われるか。どちらにせよ、少し寝ておきたかったのさ」

「まぁ、それぐらいなら」


「では、おやすみ、悠真くん」

「お、おやすみなさい」


 席は7割ほど埋まっていたが、立っている人がいなかったからだろう。

 天音は脚を組んで、さらに腕まで組んで目を閉じてしまった。


 いくら隣に俺がいるからって無防備すぎない?

 やわらかそうな生脚を組んで、胸を強調するように腕を組むとか。

 せめてストッキングを穿いたり、通学カバンを腋に挟むんじゃなくて、抱きしめたりすればいいものの……。


「すぅ……」


 ちなみに、天音は90秒後ぐらいに早速俺に寄りかかってきた。

 けっこうポカポカしていた。


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