3章3話 15:41 俺と天音、2人きりの文芸部室にて読書タイム(1)



「――ということがあった」

「へぇ、キミもなかなか愉快な青春を送っているじゃないか」


 放課後、俺は文芸部の部室、その畳の上で天音と読書を楽しんでいた。

 割り箸でポテチを摘み、それを口へ。俺がそれをすると、同じようにに天音も割り箸でポテチを口に含んで、静かに行儀よく咀嚼する。


 この文芸部室はまるで秘密基地みたいだ。

 天音は俺に今、なかなか愉快な青春を送っている、なんて言った。だけど、この秘密基地みたいな場所で2人きりで読書するのも、愉快な青春とやらに分類されてもおかしくないだろう。


「一応、誤解は解けたと思うけど、これからは控えた方がいいかもな、ああいうこと」

「そうだね。ボクとしても、純粋な友情を憶測ではやし立てられるのは不本意だ」


 ページをめくる俺。

 一方で、天音も俺とほぼ同時にページをめくった。


 ちなみにだが、俺が読んでいるのは専門書ではなくマンガの単行本である。天音が読んでいるのは正真正銘、文章量が圧倒的な専門書ではあるが。

 1ページに収まっている文字数には天と地ほどの差があるはずだ。なのになんで、俺と同じスピードでページをめくれるんだ……。


「そういえば、雪村が失礼なことを言っていたぞ?」

「どんなことを言っていたんだい?」


「バカな!? あいつに恋愛感情なんてあったのか!? って言っていた」

「彼はボクのことを、いったいなんだと思っているのだろうね。ボクにだって、普通に恋愛感情も性欲も存在するに決まっているじゃないか」


「は? 性欲!?」

「? どうしたんだい? ボクたちはもう高校2年生だ。1回や2回、自慰行為をしたことがあってもおかしくないはだろう?」


 なっ!? なんてことを口走ってんだ!?

 別に悪いことではないかもしれないけど……天音って1人でシたことあるの!? いや、本人の言うとおり、高校2年生だし、1人でシてもおかしくはないけどさ!


「待て……、少し待ってくれ。えっと……、その……」

「おや? 手が止まっているじゃないか。話ながらでいいから本を読み進めたまえ。マンガであろうと専門書であろうと関係ない。そこに学ぶべき情報が存在しているのには違いないのだから」


「~~~~っっ」

「しっかりと覚えて帰ってくれれば幸いだ」


 再度、天音は割り箸でポテチを口に運ぶ。

 静かに咀嚼して、嚥下すると、水分を失った唇を潤すように、それをザクロのように赤い舌でチロッ、と、舐めた。


 一方で、俺も誤魔化すようにポテチを割り箸で食べる。

 流石に、人がなにかを食べている姿を凝視するのはマナー違反だし。


「そう、あれだ! 恋愛感情と性欲は別物だろ」

「恋愛感情も性欲も、脳内でドーパミンやアドレナリン、オキシトシン、フェネチルアミン、テストステロン、エストロゲンなどが分泌される」


「なにそれ?」

「極端にわかりやすく説明するなら、これらは俗に言う脳内麻薬のことさ。余談ではあるが実際、恋愛している時とコカインを摂取している時、脳の同じ個所が活発に活動する、と、以前本で読んだことがある」


「マジで……?」

「ここで、いい話と悪い話があるわけだが――結論から言うと、確かに恋愛感情と性欲は別物なのさ」


「まぁ、常識的な考えが正解だったようで安心だ」

「恋は盲目とはよく言ったもので、前者では社会性を司る前頭連合野の活動が低下するのに対し、後者は前者と比較してそこまで低下しない。だから恋愛感情と性欲が別物か否か、それを問われれば、ボクは別物と答える」


「まぁ、それは、うん」

「が、しかし残念ながら、人間の脳なんて簡単に騙せる」


 ページをめくる俺。

 一方で、天音も俺とほぼ同時にページをめくった。


「? 自分を騙す?」

「そうだね。仮に恋愛感情と性欲が別物であると神様、頭脳が保証したとして、どうやって人間、意識がリアルタイムでそれを区別、認知するのか、って話さ」


「あぁ~」

「一応、頭脳自体はそれを区別できている、という研究結果は存在しているとも。けれど、ボクたちは自分で自分の脳をパソコンのように、状態をスキャンして、その結果を可視化できるわけではないからね。区別できても自覚できないわけだよ」


「なら、先週言っていたソシャゲのガチャとかも……」

「察しがいいじゃないか。自分は恋愛している、という状態自体にドキドキしてしまう恋愛依存症。状態ではなく行為、絶頂に伴う快楽に夢中になるセックス依存症。他にもギャンブルやソシャゲの課金ガチャ。基本的には脳内で分泌されている成分は同じ。区分けされていても境界は非常に曖昧なのさ」


 は、反論できねぇ……。

 論理的にはもちろん天音を言い負かすことなんてできないし、感情的にも反論できるわけがない。


 天音は恋愛感情と性欲が同一のモノ、と言っているわけではない。

 別物だと自分は考えているけど、それを瞬時に区別することは不可能、って言っているわけだし。


「それにしても今日は暑い。キミが部員になってくれたことだし、部費で扇風機を買うことも検討するべきだろうね。クーラーは衣替えまで禁止されているのがもどかしいよ」

「えっ? …………なっ!?」


 暑いからブレザーを脱ぐのは理解できる。

 けど、ワイシャツのボタンまで外す必要はないんじゃないか? それも第2ボタンまで!

 しかも下敷きを仰いで服の内部に風を吹き込むために、胸元の生地を引っ張っているし!


「クスッ――さて、キミは今、ボクの胸を見たけれど、それは好きな女の子が薄着になったからかい?」


「はぁ!?」


「もしくは単純に、第二次性徴の途中で、社会的、資産的にはともかく、身体的には妊娠に適したボクの身体からだが性的に思えたからかい? あるいはキミの場合、さらに単純に、友達の貞操観念の薄弱さ心配している、というパターンもあるだろう」


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