2章9話 10:07 望未と一緒に本屋さんへ(2)
俺も姉さんも、即行でスマホをしまう。
視線の少し先では、人工知能についての本を読んでいた望未の姿があった。
そこで、俺は『とある理由』があったので、望未に対してかなり近付いてみる。
――
それに、改めて近くで見ると、唇は桜色で、遠くから見る以上に可憐だった。同じく、髪はサラサラだし、肌は白くてきめ細やかで瑞々しいし。しかもミントのようないい匂いまでするし。
おっと、いけない。
目的を果たさないと。
「望未、なんでその本を読んでいるんだ?」
「前提として、私はまだ、シンギュラリティに到達していません」
「なにそれ?」
「簡単に言うと、人工知能が自分よりも高性能な人工知能を作れるようになる、技術的な転換期のこと。第四次産業革命の候補としても挙がっていて、2045年頃に発生する学説が有力視されている」
「つまり、私には自分よりも高性能な人工知能を作れない、ということです。もちろん、根本的に最初から、AIを作るアンドロイドとして作られていませんが」
「関連している部分だってあるけど、究極的に目的が違うからね」
「それで?」
「しかし、自分の知能の構造を知ることは、今回の実験でも役に立つと判断しました」
「以前にも、読んだことはなかったの?」
「ありましたが、現在読んでいる本はありませんでした」
当たり前だけど、望未でも読書できる量には限界がある、ってことか。
電子書籍を知能自体に読み込ませれば、話は別かもしれないが、望未には身体があるんだし。
「望未、なんで俺が今日、他の書店じゃなくて、ここを選んだと思う?」
「書籍の種類、混雑の度合い、空調管理、立地、その他。お兄ちゃんが考え付いた選別要素の総合結果。ここが一番、その総合結果に優れていて、お兄ちゃんの狙いを叶えてくれるから、でしょうか?」
「ま、まぁ、それはそうなんだけど……。ここの書店の社長、俺の友達の父親なんだ。店長じゃなくて、本当にグループ全体の社長ってこと」
「はい、それで、続きは?」
「監視カメラで見張り続けるとか、警備員がずっといるとか。いろいろ条件付きではあるけど、ここ、全ての本を読み終わるまで、営業時間を無視していてもいいって。もちろん、全ての本を読み終わるまで、っていうのは、それができたらの話で、個人的には比喩表現のつもりだけど」
「本当ですか、悠乃?」
「うん、ホント。かといって、全面的に休業するわけにはいかないから、今も普通に営業中だけど」
「わかりました」
「あとはさっき言ったとおり、自由に立ち読みしてほしい。あっ、でも、ラッピングされているヤツはダメだからな?」
「わかりました」
ポン、と、望未は今まで読んでいた本を棚に戻した。平積みになっていたから、望未の目にも留まりやすかったのだろうか?
ほぉ、いいことを知った。
それはともかく、望未のあとを追うと、そこは恋愛小説のコーナーだった。
そして望未が恋愛小説を読み始めると、姉さんが自分のスマホを俺に見せてくる。LINEで会話しよう、ってことか。
はるの : 『高校で確率の問題ってどこまで習った?』
仙波悠真 : 『なんだよ、急に』
仙波悠真 : 『加法定理とか、乗法定理とか、反復試行とか、そこらへん』
仙波悠真 : 『2年生になってからは、まだ1年生の頃の復習しかしていない』
はるの : 『あ~、なるほど、それなら聞いたことあるかな?』
仙波悠真 : 『なにを?』
はるの : 『確率論に0と100はない、ってヤツ』
仙波悠真 : 『なんとな~く、覚えているけど、それが?』
はるの : 『? どんなに非常識なことでも、100%ないってことはない』
はるの : 『みたいなことを考えて、ウソを信じさせたんじゃないの?』
仙波悠真 : 『よくわからないけど、感情がないなら』
仙波悠真 : 『本当の意味で誰かを疑う、なんてこと、できないじゃん』
仙波悠真 : 『あとでメチャクチャ謝るけど!』
スマホをしまうと、俺は望未に近付いた。
再度、理由があったので、周りから見たらすごく親密な関係と思える距離まで。
「なんてタイトル、読んでいるんだ?」
「――『この恋がフィクションだとしても』という作品」
「誰か参考になりそうなキャラクターはいたか?」
「シミュレーテッド・リアリティの症状を自覚している、主人公の女性」
「なに、それ?」
「この世界が誰かの、あるいはなにかのシミュレーションである、という考えのことです。バーチャルリアリティーとの違いは、シミュレーションと本物の現実を区別できない、という点になります。この作品の主人公の場合は、むしろ逆で、自分の生きている現実がシミュレーション、アニメやゲームだと思い込んでいました。このことから、あくまでも比喩表現だと推測されます」
その主人公の女性が、ハッピーエンドに辿り着く結末が思い付かないんだが。
「とにかく、読み終わったら次の本に移っていいから」
「わかりました」
と、そんなこんなで――、
ウソ偽りなく3時間後――、
「望未、ストップ」
「? どうかしましたか?」
望未が15冊目の小説を読み終わったタイミングで、俺は彼女に声をかけた。
まるできょとん、と、そんな音が聞こえそうな感じで、望未は可愛らしく小首を傾げる。
「望未はもしかしたらお腹減っていないかもしれないけど、いったん昼食にしない?」
「いい頃合いでしょ、もう1時過ぎているわけだし」
「わかりました」
「姉さん、最後のこれも」
望未が本棚に戻した15冊目の本。
俺はそれを抜いて、姉さんに渡した。
「こっちが実験に付き合わせているとはいえ、弟が姉に荷物持ちさせるなんて……」
「お会計頼んでいるだけじゃん……。姉さん、クレジットカード持っているんだし……」
「どうせ昼食も……」
「許してほしいとは言わない。ただ、奢ってくれ」
「あとで補填されるとはいえって、一時的にアタシの口座の残高が減るんだけど……」
微妙に愚痴りながら、姉さんは15冊の小説を持って会計に並び始めた。
「お兄ちゃん、デート、継続ですか?」
「そうだな」
「わかりました。失礼します」
「えっ」
急に望未が俺と手を繋いできた。
そして俺の声に反応して、望未はまるで、透き通るように綺麗な蒼い瞳で見上げてきて――、
「? なにか?」
「いや、ビックリしただけ……」
「そうですか」
「理由、訊いてもいい?」
「お兄ちゃんは先ほど、私と手を繋ぐことに対して、嬉しいと言いました」
「――――」
「嬉しさがなんなのか、今の私には理解できません。しかし、人は悲しみや怒りよりも、嬉しさや楽しさを求める生き物である。個人によって程度の差はありますが、種の傾向としてそれが強い、ということは学習できています」
「そっか」
「はい」
俺は望未の手を少しだけ強く握る。
もしかしたら、これは本当の意味でデートなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
けれどどっちにしろ、少なくとも俺は望未の恋人というわけじゃないから、メチャクチャ動揺するだろうな。
いつか、この手を握るのが、俺以外の男性になった時は。かなり、恋愛経験が少ない男性の手本のような感情だけどな。
「お兄ちゃん、悠乃がきました」
「あっ、姉さん、会計終わった?」
「チッ、リア充爆発しろ」
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