2章8話 10:07 望未と一緒に本屋さんへ(1)
うららかな4月の日差しと爽やかな春風。
隣の少女の銀髪は、前者によって瞬いて、後者によってサラサラ揺れる。
俺は望未と手を繋ぎながら、ペデストリアンデッキを歩いていた。
姉さんは後ろからついてきているはずだが、それはともかく。
この状況は美女と野獣どころか、天使とアリだった。人として容姿に差があるとか、そういうレベルではなく、なんかもう、容姿の格が違った。
出会った瞬間から望未のことを美少女だと思っていたけど、こうして手を繋いで街を歩くとそれを痛感する。姉さんが以前使った言葉を借りるなら、役得で、人生で1回もなくて当然のラッキーに、心底感謝するぐらい。
「? お兄ちゃん、どうかしましたか?」
小首を傾げ、無垢な瞳で、望未は俺のことを気にしてくれる。
望未の声はすごく綺麗だ。100万円以上するバイオリンや、パイプオルガンの音色よりも美しいだろう、と、個人的には思ってしまう。
「周りからは、恋人同士に見えるのかな~、って」
「可能性は、否定できないと思います」
「ますます緊張してきた……」
「なぜでしょうか?」
「あのカップル、カレシの方、全然釣り合っていないよな! って思われているかもしれないし」
「同じく、可能性は否定できないと考えます。しかし同時に、なぜ釣り合っていないように思われるのか、私にはわかりません」
「望未に限らず、容姿が整ったカノジョだと、もっといいカレシ候補がいてもおかしくない。なんであの男性を選んだんだろう? そんな風に、不思議がる人もいるからな」
「……理解できません。確かに、人間の容姿には美醜という基準があります。しかし、容姿の優劣が、恋人としての価値に直結するモノなのでしょうか?」
「そういえば、それもそうか」
「――――」
「ゴメン、当然と言えば当然だけど、俺にもわからないことがあるんだ。っていうか、わからないことの方が圧倒的に多いし」
「わかりました」
「だから、家に帰ったら、俺もネットかなにかで調べてみるよ」
「ありがとうございます、お兄ちゃん」
涼しげな声で、静かに、だけど確かに望未は俺に感謝の言葉を告げる。
感謝の言葉が出てきただけで、そこに感謝があったかどうかはわからない。
けど、いい雰囲気になったような気がしたから、俺はこのまま、なにも言わないで目的地まで進むことにした。
ずっと会話がなかったら姉さんに怒られると思うが、ぶっちゃけ、あと少しで目的地に着くし。
「到着!」
「書店ですか」
しかも割と大型のはずだ。
仙台駅前という一等地に建つ30階を超える高層ビル。その2階から入ってエスカレーターで1階に降りるとある、フロアの半分以上を占める書店である。
その上、駅ナカの本屋というわけでもないし、基本的にいつも空いている、というわけではないが混雑はしていない。
もちろん、置いてある本の種類もかなり多い。
「そう、流石にマンガにはラッピングされているけど、立ち読みできる本がけっこう多めの書店」
「ここで、私はなにをすればいいのでしょうか?」
「立ち読みさえしてくれれば、好きにしていいよ」
言うと、望未は俺の手を引いて、自分の方に俺の意識を向けようとする。
勘違いかもしれないけど、こっちを見てください、と、思っているような気がした。
「確認させてください。私にその類の命令をしても、自律的な行動に移行するだけで、感情は宿りません。その説明を受けたはずですが――」
「それを踏まえて、なんでもいいから、本を読んでほしい」
「わかりました」
そこで手を放し、望未は店内を歩き始める。
進行方向の先には書店の地図があった。
そのあとを俺が追っていると、ふと、今度は姉さんが俺の隣に並んでみせる。
「――言っておくけど、書店には何回か連れてきたことがあるよ? ここじゃないけど」
「いくらなんでも、俺だってそのぐらい予想していた。ちなみに、その時はどうだったんだ?」
「全国でチェーン展開している大型書店に3回、アニメショップにも3回、古本屋には1回。書店じゃないけど、図書館には5回。各々1回ずつ、最低10分、最大1時間の間で、店内を自由に回ってもらった。気になる本があったら、時間を延長してもかまわない、という条件付きで」
「意外と回数が少ないな。試行回数は多い方がいいだろ」
俺と姉さんが話していると、地図を確認していた望未が振り向いてきた。
ノーリアクションも気まずいので手を振ってあげると、望未はどこかの本棚に対し、移動を開始する。
「そもそも、書店に行くという行為さえ、外出させるという行為の、数あるサンプルの1つだし。サンプルが多いに越したことはない、っていうのはわかるけど、書店以外にも行かせてみたいところがあったし」
望未のあとを追いながら、俺と姉さんは小声で話し続けた。
極力、周囲の迷惑にならないように。
「結果は?」
「全てのケースに対して言えるのは、集合場所に戻ってきたのが、入店から55~59分のどこか、ってこと。その理由を訊いたら、目的達成のため、最大限に時間を使うべきと判断した。その上で、目的達成の目処が立っていないのに、1時間以上、留まる必要はないと判断した、だって」
「個別だと?」
「立ち読みが難しいチェーン店と、ほぼ不可能なアニメショップの場合、あらすじだけを読む、ということもあった。もともとアタシたち22人は、あらすじだけを読ませて、内容に期待とか興味とかを抱くのか? なんて理由で、そこに連れて行った。だから、それは計画通り。結果が伴わなかっただけで」
「古本屋と図書館は?」
「図書館とかは特にそうだけど、本がある施設って、ジャンルごとに区分けされているでしょ? 時間を最大限使って、ジャンルごとに1冊ずつ読んでいった」
「それ、まず1冊読むだけでも1時間以上かかると思うんだけど……」
「悪い、語弊があったね。まず、望未自身は圧倒的な速読ができる。けど、その上で、時間が限られていたから、例えば学術的な本だと、問題提起の部分を読んだあとに、いきなり結論に跳ぶことが大半だった」
「マンガで例えると、1話を読んだあとに最終話を読むような感じか」
「うん、っていうか、実際にシリーズモノの小説でそういうこともあったし」
「1冊の本を最初から最後まで読ませたことは?」
「もちろんある。どんなに読ませても望未に変化はなかったけど」
なるほど。
そこまで聞いて、俺はスマホを取り出した。
「姉さん」
「ん?」
仙波悠真 : 『口裏を合わせてほしい』
はるの : 『りょーかい』
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