2章10話 13:43 望未と一緒にレストランへ(1)
微妙にランチタイムが終盤に差し掛かり始めている。
とはいえ、まだ14時台というわけではないので、待ち時間はなかったのだが、そこはそれなりに盛況だった。
席は7~8割程度埋まっていて。
ドリンクバーには3人か4人ぐらいが基本的に並んでいて。
インターホンを鳴らした席、その番号が表示される電光掲示板には、数分おきに新しい番号が表示される程度には。
仙台駅西口駅前にあるとあるファミレス。
その一番端の4人掛けのテーブル席にて。
「本当にゴメンなさい!」
「さい!」
俺と姉さんは対面に座る望未に頭を下げていた。
ちなみに俺が通路側で、姉さんが奥の方。
周囲から「浮気……?」「離婚……?」「離婚はまだ早いんじゃ……」「なら浮気相手の方とデキて……」「まだ3人とも若いのに……」という声が聞こえたが無視させてもらう。
っていうか、かなり失礼だな! それと! 姉さんとデキるとか、冗談でもやめてくれ!
数秒後、俺はチラッと望未の顔を確認する。
しかし、彼女は無垢な幼女のような瞳で、こちらの頭を不思議そうに見下ろすばかり。
絶対に、自分がなにに対して謝罪されているのかも、理解していないはずだ。
「質問があります」
「「はい……」」
ひとまず頭を上げる俺と姉さん。
通路を挟んで隣の席に座っていた主婦らしき4人組、彼女らはその瞬間にレジに向かった。
まったくの偶然だけど、これで第三者に、なにかを
喜べばいいのか……、彼女らが撤退したことに腹を立てればいいのか……。
「謝罪を口にするということは、なにか悪いことをした、ということでよろしいでしょうか?」
「「はい、そのとおりです……」」
「では具体的に、私にどのような悪いことをしたのでしょうか?」
風鈴の音色のように涼しげな声が響く。
澄ました顔で望未は俺たちに質問してきた。
怒っているわけでもない。拗ねているわけでもない。そして、それを引きつった笑みで隠しているわけでもない。
正真正銘、親に「なんで? どうして?」とわからないことを訊く時の、探求心の強い幼女のような表情。
だからこそ、こっちの罪悪感はさらに募ってしまうわけであって……、
……や、やめてくれ! 人を疑うことを知らない瞳で見ないでくれ! 相手が無知なのを利用して、妹を騙してしまった俺を!
「結論から言えば、俺と姉さんは望未を騙したんだ……。口裏を合わせて」
「推測するに、先ほどまで立ち読みしていた書店のことでしょうか?」
「うん……、それ。さっきの書店のグループの社長が、悠真の友達の父親って発言のこと」
「つまり、あの書店で全ての書籍を読み終えるまで滞在してもいい、というのは誤情報だった、ということになると考えますが?」
「はい、そのとおりです……。申し訳ございませんでした……」
「誠にゴメンなさい……。ここはアタシが奢らせていただきます……」
えいっ、と、姉さんはテーブルに置いてあった呼び鈴をプッシュ。
聞き慣れたピンポーン! という軽いノリの電子音が店内に響く。
しかし――、
望未は例のごとく小首を傾げて――、
「? そもそも、ここは最初から悠乃の奢りではなかったのでしょうか?」
「えっ!?」
「ほぅ」
これは俺に流れがきているのか?
姉さんの金で外食できる流れ。
さらにそれに望未までもが同調してくれる流れが!
乗るしかない、このビッグウェーブに!
「先刻、お兄ちゃんは悠乃がクレジットカードを持っていることを理由に、書店での会計を頼みました。それに対して悠乃は、了承の旨を言葉にしたわけではありませんでしたが、きちんと会計をしたはずです」
「うん……、そりゃするでしょ、会計ぐらい。しなかったら、それこそ犯罪だし……」
「そして会計の列に並ぶ前、悠乃は昼食も自分の負担である可能性を示唆。お兄ちゃんはそれに『許してほしいとは言わない。ただ、奢ってくれ』と返しました。最後に、悠乃は今、この瞬間まで否定していませので――そのような結論になるのでは?」
「い、っ、いやいや! 否定していないけれど、肯定もしていないし!」
「となると、悠乃はお兄ちゃんの誤解を理解した上で、それが自分にとって不都合だとしても放置したことになります。なぜでしょうか?」
論理的に――いや、もはや理屈っぽく望未は姉さんを追い詰める。
翻り、姉さんは「あ~、えっと~」と要領を得ない感じで明後日の方向を見た。と、思いきや、ご機嫌を窺う感じで望未と向き直り――、
「ちなみに……、望未的にラストチャンスはいつまでだった?」
「? 否定できるラストチャンスのことでしょうか? 少なくとも私は入店の瞬間までだと考えます。私はともかく、お兄ちゃんの方は悠乃が全額負担くれることを前提に、このレストランで食事することを承諾した可能性がありますので」
「悠真」
「――なかったことにしてはならない」
「まだなにも言っていないんだけど!? あと、微妙に辛辣だし!」
「あれは冗談だから、って俺から望未に説明してもらい、金銭的にも多数決的にも、この劣勢を覆す計画だろ?」
「ぐぬ……」
「っていうか、一時的に姉さんの口座から残高が減っても、あとで補填されるんだろ? それに、俺には金を使ってもへーきへーき、みたいなことを言ったのに」
「今月ほしいモノがあったの! それに、アタシ、バイトしているけど社会人ほど貯蓄はないし! お金を使ってもあとで戻ってくるけど、その時までに使える金額には、流石に限度があるし!」
まぁ、それはそうだ。
考えれば当たり前のことである。
仮に姉さんの残高が30万円あったとしよう。高校生である俺からすれば夢のような数字だが、姉さんからしたって、現実味があるけど大金には変わりないはず。
だから、あとで戻ってくるなら50万円とか100万円使っても問題なし! とはならないわけだ。本当の本当に当たり前すぎる話だけど。
「まぁ、確かに、俺は姉さんの口座の残高なんて知らないから、少し調子に乗り過ぎたのは認める……。ゴメン……」
「わかればよろしい」
「でも、ここは姉さんに奢ってほしいけど」
「なんでだし!?」
ここで店員さんが到着する。
俺はイタリアンハンバーグとラージライスを。
姉さんはカルボナーラとエビサラダのレギュラーサイズ、そして食後にティラミスを。
望未は(姉さんに指示されて)コーンたっぷりピザを注文することに。
加えて、全員でドリンクバーも。
そして店員さんが去っていくと――、
「姉さん、物は考えようだ」
「と、いうと?」
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