2章12話 13:43 望未と一緒にレストランへ(3)



「ちなみに、その中でもさらに恋愛小説を選んだ理由は?」

「ジャンル全体の傾向として、ファンタジー、SF、ミステリー、アクションなどはフィクションの要素が多いです。日常生活の中でその作品と類似する出来事に遭遇する傾向は、ラブストーリーと比較して弱いと考えました」


「だから恋愛小説をばかり読んでいたわけか」

「はい。私の人工知能がそのように思考したというだけで、好きだから他の候補を考慮しないで飛びついた、というわけではありません」


 もし望未に感情があったなら「はい、論破」と事務処理的に言いそうな発言だった。

 勢いで畳みかけるわけではないけど、反論する隙を与えない感じというか。


 俺以外の人、例えば姉さんや天音なら、どこかに反論できる隙を見出せたかもしれない。

 けど、俺たちの目標は望未を言い負かすことじゃないし、恐らく、望未の言っていることは正しいんだと思う。


 1回や2回反論できても、さらにその反論が返ってくるはずだ。俺はもちろん、姉さんや天音よりも頭がいいんだろうし。

 っていうか、俺はそもそも、勝ち負けの問題ではないけど、望未に言い負けたことを自覚している。


 ただ、その上で問題はなかった。

 なぜかと言えば、論点は厳密に言えば『望未が恋愛小説を好きか否か』『なんらかの感情をもとに望未が選書したか否か』ではないのだから。


「だってさ、悠真?」

「今、身を以って経験したけど、これは少し堪えるね」


 善意でやったことをありがた迷惑と認識されるどころか、必要なことだと思うけど無意味ですよ、って言われるようなモノだし。

 少なくとも、俺の価値観だと。


 でも――、

 重要なのはそこじゃなくて――、


「まぁ、でも、本命はそれじゃないんだ」

「ほぅ」

「と、言いますと?」


 意外そうな姉さんと、いつもどおりな望未。

 けっこう姉さんのリアクションは大きかった。当然、大きな声を出して驚いた、というわけじゃない。けど、なんとなく、俺が姉さんの予想をかなり外したのは、その声音から伝わってくる。


「新しくできた友達に、アイデンティティって言葉を教えてもらったんだ」

「おっと、一気に話が難しくなりそうだし!」


 少しだけイヤそうに笑う姉さん。


「ただ、言葉だけ聞いたら難しそうだけど、俺だって昨日教えてもらったばっかりだし、それが大まかにどういうモノか、その程度のことを漠然とただ記憶しただけだ」

「まぁ、昨日知ったばかりのことを得意げに話されて、間違われても困るしね」


 それはそのとおりだ。

 得た知識を早く披露したいのは、もしかしたら当然かもしれない。


 だがせめて、謙虚さだけは忘れないでおきたいものである。

 同時に、自分の言っていることや、あのかなり天才みたいな天音が教えてくれたことであっても、間違えている可能性も。


「だから、あまり賢そうなことはなにも言えない。だけど、ただ、1つだけ確かめておきたいことがあったんだ」


「なにをですか?」

「自己同一性とか言っちゃうから小難しく聞こえるし、俺も昨日は難しく聞こえた。けど、望未にもシンプルに、個性とか、自分らしさなんてみんなが呼んでいるモノが、あるかどうかを」


 が、このメチャクチャ恥ずかしいタイミングで店員さんが料理を運んできた。

 もちろん、店員さんだから常に客にはニコニコしているとは思う。でも、微妙にもっと笑いたかったのを堪えているように見えたのは、気のせいだろうか?


 いや、仮に店員さんがそうじゃなかったとしても、俺の隣で姉さんはすごくニヤニヤしているが。

 マジでからかわれる5秒前だろう。


「コホン! とにかく、望未にはまだ感情がないかもしれない。でも、少なくとも、外見だけじゃなくて、行動にも個性があったわけだ。望未みたいに言うんだったら、思考パターンに傾向があった、ってことだと思うけど」


 いつもより多少早口で言い切って、俺は自分のハンバーグを食べ始めた。

 隣では姉さんもフォークにカルボナーラ巻き始めている。


 ひとまず、俺の説明はここで終わりだ。

 本当の本当に、それを確かめるためだけに、3時間使わせてもらったわけだ。


 決して結論のあとに、なにかを質問したわけではない。

 それでも、望未からなにかしらの反応があってほしいと思い、恥ずかしさを誤魔化した仏頂面で、彼女に視線をやる。


「……上手く、意味が理解できません」

「んっ? どのへんが?」


 俺と姉さんはすでに食事を始めているのに、望未だけは、ピザを丁寧に切り分けたあと、手を付けないでいた。

 自由に食べてかまわないのに、恐らく、彼女の知能が、指示を待つべき、って結論付けたから。


 正直、理解されないところも多いとは覚悟していた。

 だからこそ、その理解できなかった部分を知っておきたいとは思う。


「私は量産機ではありませんが、設計図をもとに製作すれば、いくらでも同じ自分を作れる機械です。そのような私に、オンリーワンのなにかしらの要素を持たせることに、なんの狙いがあるのでしょうか?」


 一時中断するのもおかしかったので、食事、ハンバーグを食べながら思った。

 勝手な価値観の押し付けだけど、俺とってそれは、すごく悲しいことだ、と。


 人間なんて精子で卵子が受精すれば、いくらでも同じような個体が生まれてくる。恣意しい的に飛躍すれば、そのように置き換えることも不可能ではないはずだから。


 いや、それにしたって極端だとは思うが!

 俺は望未とできる限り雪村や、深水や、白崎と同じように接したいと考えている。が、現実問題、望未の出生は他の人とかなり違うから、普通の人間を引き合いに出せない、っていうのも理解しているし!


 それはともかく――、

 俺は気恥ずかしくて、それを誤魔化すためにハンバーグに視線を落としながら――、


「実はさっき、俺、わざと立ち読みしている望未に近付いたんだよ。望未も気付いていたと思うけど……」

「はい、気付いていました。普段よりも距離が近いな、と」


 恥ずかしい!

 わざと接近していたことが女の子に筒抜けだった!

 そりゃそうだけどさ!


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