2章4話 17:12 月島天音という文芸部部長は、からかい上手でもあったみたい(1)
「ずいぶんと綺麗な茜色じゃないか。センチメンタルになりそうなぐらいに」
「日の入り時刻も遅くなってきたなぁ」
校舎から出たところで、天音が夕日を見上げながら呟いた。
俺もつられて茜色に染まる空を仰いだが、確かに天音の言うとおり、とても綺麗な光彩である。ノスタルジックとでも言うのだろうか?
燃えるような空。
東の空に浮かぶ月さえ赤らめる夕日。
昇降口の前も、校門付近も、最寄り駅までの並木通りも、人はまばら。
帰宅部の生徒はとっくに帰っているはずだし、逆に、部活動に励む生徒の下校はまだまだ先だ。
17時12分。
夕暮れ時にほのかに赤らむ並木通りを、俺と天音は最寄り駅まで、なんとなく並んで歩くことになった。
「――――」
「…………」
当たり前だけど緊張する。
望未と一緒にいる時とは違う緊張だ。
いや、いっそ真逆と言っても間違いはないかもしれない。
望未に対して俺が割と思っていることは――、
これから、なにを話せばいいんだろう?
どうすれば、いつか笑ってくれるのだろう?
なんとかして、望未に感情を与えてあげたい。
――そういう類のモノだ。
一方、先ほど出会ったばかりだが、この瞬間、天音に思っているのは――、
これから、彼女の話についていけるだろうか?
彼女は今日初めて会った俺と下校して、本当に楽しいのだろうか?
それと、明日からはなにを教えてくれるのだろう?
――そういう受け身の考えだった。
「おや、どうしたんだい? ボクの顔をジッと見て」
「あっ、ゴメン。少し不思議な感じだったから、今日初めて会った人と下校するのが」
「当然と言えば当然だが、慣れていないだけさ。気にする必要はない。男友達、それこそ雪村のヤツと初めて一緒に下校した時のような感じで、ボクとも下校すればいいよ」
「りょ、了解」
俺は意外とフラフラしてしまうヤツだったのだろうか?
昨日と一昨日は望未に対して、可愛いとか綺麗とか何度も思いまくったし、実際に何回かは言った。
なのに今日は天音に対して、っていうか、かなり美人な女子と下校するっていうシチュエーションに、意識していないと言えばウソになる。
もちろん、どちらかに対して恋に落ちた、というわけではない。
が、それにしたって、ラブコメのような展開を2人同時に進行しているな~、というのが、個人的に悩ましかった。
まぁ、自意識過剰だと信じたい。
変に意識して、せっかくできた新しい友達を失いたくないし。
「確認したいことがあるんだが、かまわないかい?」
不意に、天音は流し目で俺の顔を覗いてきた。
やっぱり瞳は眠たそうで、声はダウナーだったけど。
「あぁ、大丈夫だよ」
「件のアンドロイドの女の子、望未くんとの同棲、毎日のコミュニケーションに、最低限の決まった時間はあるのかい? いや、ないわけがないが」
「朝は遅刻しない程度に30分前後。帰宅は遅くても19時までで、夜は寝るまでに最低2時間は会話してほしい、って言われた」
「ふふっ、中学生レベルの門限じゃないか」
「一応、週に1回なら、連絡してくれれば友達と遊びに行っても大丈夫、って許しても出ているし、特に不満はない」
「ますます中学生の門限みたいじゃないか」
「それと、休日は望未と一緒に、おはようからおやすみまで、家で遊んだり、出かけたりする予定」
「大変だね。寝不足には注意したまえ。特に、次の日に外出をする場合は普段以上に」
「まぁ、可愛い女の子と部屋で遊んだり、出かけたりするわけだし、大変かもしれないけど、楽しみでもあるよ」
文句なんてあるわけがない。
それに、人付き合いが大変なのは、望未に限った話でもない。
結局は程度の問題で、本人が望んでいるなら、大変なことだって大変とは思わないはずだ。
それこそ
「そういえば、天音」
「なんだい?」
定期的に聞こえてくる、野球部とかサッカー部とかテニス部の、自分とは一切関係ない、掛け声や、ボールを打ったり蹴ったりする音。
穏やかな時間だった。話しかけやすい雰囲気だったので、今度はこっちから話しかけてみようと思う。
「今日、なにか用事とかあったの?」
「いや、なにも」
「部活、初日だからかもしれないけど、けっこう早く終わらせたね」
「理由がある」
瞬間、天音は数歩だけ俺の先に躍り出た。
次に舞踏のように半回転して俺と相対して、立ち塞がる。
最後に、彼女はいきなり、俺のブレザーのネクタイを掴むと――、
「っっ!?」
「悠真くんは件のアンドロイドの女の子、望未くんに、感情を知ってほしいから、文芸部の戸を叩いた。相違ないね?」
――強引に引っ張って、互いに互いの吐息が頬を掠めるほどの至近距離に、顔を近付ける。
事実、天音の熱っぽい吐息が頬を掠めたような気もするし、端的に言えば、キスできそうなほど、俺たちは近付いてしまっていた。
「えっ? あっ? あぁ、あっている、けど……」
「断言するが、悠真くんのような事情を抱えている相手なら、ボクはキミ以外の相手にも、同じように、自分でできる範囲の
「ま、まぁ……、その……、こんな事情を抱えている人なんて、滅多にないと思うけど……」
「クスッ、それはそのとおりだ。とはいえ――」
囁くように天音は語る。
ザクロのように赤い舌で、彼女は少し、桜色をした自分の唇を舐めた。
彼女の亜麻色の長髪からはバニラのような香りがして、不可抗力だと信じたいが、豊満な胸が俺に当たって、なんかもう、抵抗できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます