2章3話 16:07 文芸部に勧誘されて、たった2人きりで活動することに(3)



「でも?」

「まず、俺はそれを自分でも確かめてみる。つたなくても、自分が納得するために。そのための方法で一番初めに思い付いたのが、見当外れかもしれなくても生物とか化学で、次が心理学だった」


「哲学の方は?」

「そっちは、そうだな……、開発者の1人が言っているんだし、仮に感情が実際にはあったとしても、俺には見付けられないだろう」


「絶対に無理と断言することはないが、可能性は低いだろうね」

「だから、それを納得できたら今度は哲学の出番で、俺とその子で一緒に、目標に向かって足掻けたらいいな、って」


「仮に、心理学と哲学が、なんの役にも立たなかったとしたら?」

「それはその時、思い付くことを全部やったあとに考える」


 その時、月島さんは手で顔を覆ってクツクツと笑いを堪え始めた。


「失敬、少々面白くってね。まぁ、悪い意味ではないから許してほしい」

「あ、あぁ、わかった」


「なにはともあれ理解したよ。それで心理学とか哲学、か」

「もちろん、俺はそれらに詳しくない。だけど最低限、どっちとも人間を対象にした学問、っていうことは流石にわかっている」


「いや、まずは1つ、ボクのような未熟者でも、キミに教えてあげられることがあったようだ。心理学の中には、動物心理学というカテゴリーもある。お察しのとおり、動物を対象にした心理学さ。比較心理学の下位カテゴリーで、結局は人間との比較対象として使うけれども」

「そ、そうなのか……。でも、その望未って女の子、すごく無表情なんだけど、コミュニケーションのきっかけがなにもないのはヤバイと思って」


 その時だった、月島さんが立ち上がったのは。

 PCデスクの引き出しからなにかの紙を取り出したと思うと、すぐに再度着席した。

 続いて、その1枚の紙を俺の目の前に差し出す。


「――入部届?」

「キミさえよければ、文芸部に入部しないかい?」


 仄暗い物憂げな瞳で、月島さんは俺のことを誘惑してきた。

 いや、本当に誘惑という単語が一番的確だった。


 真っ先に思い付く比喩表現はハーメルンの笛吹き。

 それと、悲しむ要素なんてなにもないはずなのに、常時、悲しげな微笑みにも、なんか意識というか、興味というか、視線を引かれる。


「本を自由に読んでいい、ってこと?」

「あぁ、悪い話じゃないだろう?」


 願ったり叶ったりだ。

 しかし一応、詳細を訊いてみよう。


「他の部員さんは?」

「幽霊部員ばかりだよ」


「あぁ、どおりでこの部室――」

「彼らを幽霊にしたのが誰かは知らないけど」


「怖っ!?」

「冗談だよ。怖がる必要はない。最初からこの城を作るための人数あわせだ」


 怖くはなくなったけど、それはそれですごいな。


「それに――」


「? それに?」

「紛いなりにも部活動だからね。キミがここに通うことを誰かに咎められた時でも、もし部員ということになっていれば、無難に終わるとは思わないかい?」


「入部するならするで、俺は真面目に活動するつもりだ。それで、活動ってなにやってんの? しかも1人でなんて」

「一番大きくても、文化祭の時に発行する部誌の制作、その程度さ。ページ数だって20ページにも満たない」


「他には?」

「あとは、前期後期で各々2回、読書感想文を書いている。けれど、そうだねぇ……、よし、決めた。もしキミが入部した場合――、読後感と、なぜそれを感じたのか、自分なりの推測と、なんらかの読後感を与える当該作品の構成、それがどのようになっていたのかの分析と、結論や自分が推測する作品のテーマ。この4つさえあれば、感想文の対象はマンガやライトノベル……いや、もう、アニメやゲームや官能小説でも一向にかまわない」


「いや、待て、官能小説はマズイでしょ!」

「そうかい? キミも一度読んでみるといい。そのジャンルでないとできない表現が広がっていて、見識が広がるよ? 買うのが恥ずかしいなら、ボクのオススメを適当に貸すこともやぶさかではない」


「ぐっ……、それはまたの機会に」

「最後に付け加えるが、感想文の対象は、もちろん新聞や専門書でも大丈夫だ。それさえやってくれれば、他の日は自由に出席して、都合が付かなければ、欠席してくれても問題はない」


「わかった。なら――」


 カバンからペンケースを取り出す。

 さらにそこからボールペンを取り出して――、


「はい、今日からよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ仲良くしてくれると嬉しいよ。これからよろしく頼むよ、仙波くん」


 俺からの入部届を受け取る月島さん。


「あっ、えっと……、俺のことは悠真はるまでいいよ」

「承った。悠真くんの方も、ボクのことは天音あまねって呼んでくれて結構だ」


「えぇ、っと……、天音ちゃん?」

「申し訳ないが、ちゃん付けで呼ばれるのは好みじゃないんだ。ボクにはいささか可愛らしすぎる敬称だからね」


「わかった、その……、天音」

「ありがとう、その呼び方でこれからも呼んでほしい」


 流れで文芸部に入ることになった。

 文句なんてないし、むしろ天音にお礼を言いたいぐらいだけど、予想外な結果になったな。

 事実、こっちの方が本を自由に読めるんだろうけど。


「ところで、これはボクの推測だけど」


「ん? なに?」

「悠真くんには、お兄さんかお姉さんがいるんじゃないかい?」


「おおっ、当たっている。姉さんが1人いるよ。どうしてわかったんだ?」

「いや、なに。ただの直感だよ。根拠なんてなにもないさ」


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