溢れる力
異世界二日目。ディアボロスの一日はベッドの調達からはじまった。
マリーの提案により、宿にあるベッドをよっつ並べることで、なんとかその巨体が収めることができた。
次にしたのは、兵装の用意であった。マリーはあくまで侍女であるから、兵装に関する知識はあまりない。無論、侍女である以上鎧を着付けることはできるのだが、兵装に何を選択すべきかを知っているわけではないのだ。
「ディアボロス様は力がありますから、重鎧がよろしいのではないでしょうか」
マリーはそう言ったが、どうもこの体の強度を考えるに鎧をつけることで防御力が上がるのかどうかにはいささか疑問がある。そして、それより問題なのは武器である。
今のところディアボロスの力というのは、単なる筋肉ダルマである。例えば槍を投げれば衝撃波が発生し、当たりを粉砕してしまうほどだから、もはや尋常ではない力があるのは間違いないのだが、どうもこの世界において筋肉が全てであるというのはいささか弱い気がするのだ。
既に理解していることとして、この世界には魔術がある。塔での戦闘で魔術攻撃を受けた感じでは、この肉体は魔術攻撃をも跳ね返す強度がある。だが、この世界においては魔術は「特殊火器」のようなものであるようだった。つまり、本来城内で使うような魔術は本筋ではなく、より戦術的に利用するもの、巨大な爆弾のようなものだろうか。なんとなく編成を見る限りでは、騎馬兵、槍兵、弓兵といった「近づけない」戦い方が基本であり、これによって防衛線を守った上で魔術が発動すれば決まり、という印象だ。問題は、その「戦術的に使用される魔術」というものを見ていないので、その破壊力のほどがわからず、この肉体がそれを弾き返すほどの力があるのかどうかがわからないということ。そして、明らかに現在の筋力攻撃はそのような戦術的魔術と比べると見劣りする、ということだ。
このことから、ディアボロスの戦闘能力としては、軍勢を一気に退けるための攻撃力と、戦術級魔術に耐えるための防御力が必要である、という判断に至った。
「店主、安いやつでいい、一通りくれ」
「へい、一通り、とおっしゃいますと?」
「そうだな…剣、槍、弓、それからあのハルバードがいい」
「…?へい、ご用意いたしやす」
店主も何の注文なのかとひどく疑問そうだったが、武器について明るくないマリーでさえも同様だった。
「ディアボロス様、なぜそのようなご注文を?」
「自分にあった武器がわからないんだ。今はとにかく試す」
そうして武器を用意させると、ディアボロスは壁外へと出た。壁外に出るまではマリーに案内させたが、危険性を鑑みてマリーには宿で待機するように命じた。もちろん、これは壁外に閉め出される可能性もあったが、昨日試した限りでは防衛壁そのものを破壊するのは難しくなさそうであったし、特に心配はしていなかった。
「さて…」
壁外に出ると、道沿いにはかなり多くの兵士が立っており、哨戒と、モンスターへの警戒を行っていることがよくわかった。実際、道を外れればいかにも危険な謎の生物がうようよおり、いかにもモンスターという感じである。想像以上に「壁外に出るのは困難」という様子であり、これでは貿易が難しいだろう。貿易が難しいということは、資源的にもこの国はジリ貧である状況がう伺えた。
ディアボロスは迷わず道を外れ、草原へと進む。割と背の高い草が生い茂っており、足元に毒性の生物がいないかということが気になった。だが、見たところではモンスターは変形した動物のようなものが多い。これには率直に強く安堵を覚えた。もしモンスターというのが巨大化した虫などであったら、戦力とは別の意味で戦闘はかなり厳しいものになっただろうから。
ともかく、まずは手近な巨大な熊のような生物に向かっていく。武器は、最もスタンダードだと思われる剣だ。まずは相手の警戒範囲に入る前に、素振りする。
「っつぇい!」
次の瞬間、キーンという音と共に一瞬何も聞こえなくなった。そしてその視界に映ったのは、周囲のものがなぎ倒され、巨大な熊が吹き飛ぶ光景であった。そしてひと呼吸起き、剣からうっすらと炎が立ち上った。最初はそのようなすごい剣なのかと思ったが、炎が木製の柄へと燃え移り、柄が炎上したのを見てそうではないと悟った。
とりあえず消化し、状況を考える。完全な全力ではなかったが、魔力的な何かが発生しているのか、もしくは物理的に衝撃波が発生しているのかによって、剣による攻撃は「当てる必要はない」。一方、周囲に幅広く被害が出ていることを考えると、街中でこれをやってしまえば甚大な被害を出すことになるだろう。つまり、この攻撃は先の戦闘のように敵陣の中にいるときしか役に立たない。加減も効かないので、戦闘となれば殺す以外の選択肢はない。マリーを同行させなかったことは正解であった。同行させていたながら巻き添えになることは避けられなかっただろう。
物理法則が元の世界と同一なのかは不明だが、とにかく自分が想像するよりとんでもない肉体を持つことが確認できた。加えて、鉄が発火したとなれば相当な高温―少なくとも三百度は越えているはずだ―になったはずだが、特に熱いとも感じなかったので防御面でも相当な強度を持っているようであった。
そして、もうひとつ気づいた。
剣を振ったとき、いかにして振るべきかを理解していた。それだけではない。この世界にきてからこの世界においてどう振る舞うべきかを明らかに理解している。でなければ、先の戦闘だって恐怖に竦んでいてもおかしくはないし、それ以上にあれほどの殺戮を躊躇なく行うことなどできなかったはずだ。つまり、肉体的にも精神的にも「元の世界の自分を持ち越したものではない」ということだ。
「とはいってもな…」
これが果たして本来の自分なのかどうか、というのは全くわからない。少なくとも「元の世界の記憶」が多少なりとも存在し、「この世界に召喚された」という点に関しては間違いないのだが、どちらかといえば実感としては「この世界に存在するものに元の世界の記憶が混ぜ込まれた」と考えるほうがしっくりくる。それを確かめることができないのは、元の世界で自分がどのような姿をし、どのような性格で、どのように振る舞っていたかが思い出せないからだ。そもそも、本来の自己自体がわからないのである。
不安と落ち着かなさはあるが、現実的には最初からその世界に適合した存在であるということは有利な点であることは間違いなかった。今はあまり深く考えることはよそう、そのように結論して今度は槍を持つ。
「はぁぁぁ…ってぇぃ!」
気合の声と共に槍を突き出す。今度も衝撃波によって正面にあるものが弾き飛ばされていく。同時に、槍は砕けてしまった。
「むぅ…」
これも懸念のひとつであった。先の戦闘でも一撃ごとに武器が崩壊してしまい、城内での戦闘だったこともあり、パイクやらスパタやらを拾いながら攻撃するということを繰り返していたのだ。どうもディアボロスの攻撃に武器が物理的に耐えられないようである。
次は弓だ。ディアボロスは弓を引く。しかしこれはさすがに、試す前に考えるべきであった。「引いた」という手応えを感じる前に、弓は引きちぎれてしまった。
「感覚の基準も力の強さに基づいているってのは、問答無用で破壊してしまって困ったもんだな…」
そして最後にハルバードである。両手で構え、勢いよく振る。しかしこれまた、試す前に考えるべきであった。ハルバードの柄は折れ、ちぎれたブレードが勢い良く回転しながら飛んでいった。
「武器は使い捨てと思うより他にはなさそうだ」
だが、少なくとも武器が使えないということはない。武器があれば、ちゃんとその武器をどのように使うべきかは体が知っている。そして、まるで使えない武器を除けば、武器を使うことで攻撃範囲が広がる。ほぼ使い捨てではあるものの、これは魔術の変わりにはなりそうであった。一方、被害を限定する必要があるのであれば徒手空拳で戦えばある程度望みは叶えられそうだ。
「強いには強いんだがなぁ」
強い、が随分と不自由な体だ。確かに、この肉体ではこの世のありとあらゆるものを滅ぼす、というのが似合っていそうである。だがそれを望むかというと、特にこの世界に対して強い憎しみがあるわけでもないので、そのような動機はまるでわかないのであった。
自らの拳を眺める。本当に立派な体躯である。元の世界でこのような体躯だったようにはとても思えない。当たり前だが、拳で城を粉砕するような能力はなかったはずだ。そしてこの力は国を破壊し、王を従わせるに足る力であることは証明された。世界を滅ぼすのでもなければこの力は不要か、といえばそんなことは全くない。もしもこの力がなければ、後ろ盾もなくこの世界に放り込まれればただ死を待つだけなのだ。この世界で生きるためには力がいる。今では不十分だ。害をなそうとする者を一撃の元に滅ぼし、いかなる奇襲を受けたとしても微塵も揺るがない力があってこそ、この世界での自分の平穏は保たれる。
力で全てを従える。何人たりとも侵すことのできない絶対の力。それがまず自分に必要なものなのだ。
「ふぅぅ…」
この世界には魔術がある。しかし、それがどのようなものかすら知らない自分には魔術を使うことはできない。これに関しては使用できるかどうか後ほど試していくとして、今着目すべきは魔術的な力がこの世界に存在する、という点だ。魔術というものが独立したものではなく、この世界の法則の一部として組み込まれているものならば、魔術的な力を伴った攻撃、あるいは防御ということが考えられるはずだ。筋力に全てを振ったような肉体からすれば、魔術的な能力一切を見限っている可能性もあるが、試す価値はあるだろう。幸いにも、体は戦闘においてどのように動かすべきかということを理解している。であれば、この体が魔術的な攻撃を知っているかもしれない。
考えるな。体に従え。
ディアボロスはこの日、拳を振る間に日が落ちた。
なんとか明るさが残るうちに宿へと戻ったのだが、変化は明らかに肌で感じていた。町の人々の目は昨日よりさらに厳しかったし、マリーはひたすら恐怖を向けている。
「…なにがあった」
そう問いかけるとマリーは膝から崩れ落ちてしまった。とりあえずつまみあげ、ベッドに座らせる。
「ディアボロス様が、壁外で、大地をえぐり、森を打ち倒し、モンスターを皆殺しにしていると、見た者が語っておりまして…」
やや大げさではないか。確かに随分地面はぼこぼこになってしまったし、木も随分折ってしまったし、巻き添えにモンスターがどんどん死んでいったが、そこまでではあるまい。いやだが、狙いからすればむしろこれで良いのか。
「だからどうした。別に困ることはないだろう」
「あの…ディアボロス様が、血に飢え、殺戮なくては生きていけないような存在なのではないか、と噂されておりまして」
「なにぃ…」
ディアボロスが唸ると、マリーは失禁して気絶してしまった。
(…いや、いいのだ。これが狙い通りなのだから…)
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