夢うつつの畔(3)

リクリエがやってきたのは昼過ぎだった。ディアボロスとしては、思ったよりずいぶんと早かった。風俗とは夜行くものだという先入観があったからかもしれない。

リクリエのほかに、いかにも色男といった感じの青年騎士、見るからに真面目そうな老年の騎士、堅物そうな青年とにこやかな中年、そして中年の侍女が二名、妙齢の侍女が一名。聞いてはいたがディアボロスのほかにマリーとリクリエも含めると九名おり、大所帯であった。

「警備と、娼館の都合から今のうちに貸し切りで来訪します。娼婦を選ぶまでは、我々も同席します」

相変わらず爽やかであり、逆に言えばその心情を見事に隠した振る舞いであった。

表には馬四頭で牽く荷馬車に幌をかけたものが用意されていた。

「俺は荷物か…まぁ、いい」

この行列がどれほど目を引くかということを考えれば、姿を隠す意味はないと思われたが、ディアボロスはおとなしく従った。


しばらくして到着したのは、実に立派な建物であった。庭はそれほど広くないとはいえ、どこかの貴族の館だと言われても違和感はない。

男の従者ふたりは馬車のもとに残り、騎士と侍女が付き添った。

「ようこそお越しくださいました。わたくしがこの館の主、ミネオリスにございます」

ディアボロスを迎えたのは紫色のドレスを着た女性であった。齢四十前後だろうか。妖艶で、客をとっていても不思議ではないように思われた。

以下に揃うのは約二十五の女たち。これが在籍するすべてだとするならば、思ったほどは多くない、とディアボロスは感じた。若い女が多いが、三十前後に見える程度まではいる。見た目には主張が強いのは六割ほどで、残り四割は少し洒落っ気のある町娘という感じだ。

「貸し切りですので、お好きにお選びください。身請けは二名まで、ということで話がついております。選ぶまでは私どもも同席させていただき、選んだ理由もお聞かせください」

リクリエはそのように説明した。ディアボロスは少し考え込んで、女たちを眺めた。

「ひとりずつ、話を聞きたい。構わないな?」

ディアボロスはミネオリスに向かってそう言った。ミネオリスとリクリエはうなずきあい、全員に一人ずつ、話を聞くこととなった。


一行は部屋に通された。ディアボロスは毎夜営みの行われるであろう狭い部屋を想像したが、どちらかといえば宴会場に近い部屋に通された。

ディアボロスはその部屋にソファがあることに驚いた。ソファは歴史的にはもっとあとに登場したもののはずだ。文明的には元いた世界を追従しているわけではないのだろうか、と考えを巡らせたが、今はそのときではないとその思考を振り払った。

ディアボロスはひとりずつ女を呼ぶと、全員に同じ質問を投げかけた。「周辺国との関係性はどのように認識しているか」「この国はどのような未来を目指すべきだと思うか」「もし手から自在に水を生み出すことができるとしたら何ができると思うか」「ディアボロスによって身請けされた場合、どのようなことに留意して過ごそうと思うか」である。

ディアボロスは聡明な者を望んだ。広く知識と関心があり、日々考えを巡らせ、なおかつ新しい問題に知性を通わせることができる者が良いと考えたのだ。それでいて、忠誠心が高く気が利く者が良い。そのように考えて話をするうちに、それはマリーのことではないか、という気持ちが沸き起こったが、そのことは気づかないふりをした。

これらの質問に対して、中にはディアボロスを失望させるような者もいた。

「国の未来…ですか。そうですね、税が軽くなるといいな」

「水ですか…? はぁ、喉が渇いたときは便利かもしれません」

だが、そのような者は半数程度であり、残り半数はしっかりと考えた上で答えを返した。


ディアボロスの興味を特に惹いたのは、長い黒髪の妖艶な女だった。物静かで怪しく、齢のほうは二十代後半と見え、この場所では高いほうだった。

「ではいくつか質問させてもらいたい。忌憚なく、思うままに答えてくれ」

「はい、かしこまりました」

「ではまずひとつ目だ。この国と周辺国の関係性について、どのように考えているか」

最初にこの質問をしたときには列下に衝撃が走ったが、もはやなんの動揺も見られない。

「周辺国…具体的に特にどの国と考えておられますか?」

「具体的にどの国、ということはないが、ではノイラルについて」

「ノイラル…でございますか…」

女は考え込んだが、口を開くのはそれほど時間を要さなかった。

「ノイラルについて、わたくしどもはあまり多くを知りません。工業が盛んな寒い国、というぐらいでございましょうか。帝国から独立した小国という認識が強いくらいでございます」

「…ふむ、続けてくれ」

「工業が盛ん、ということはこの国にとっても重要な交易相手である可能性もございます。例えば、外交のためであったり、あるいは武装のためであったり。しかし、それはわたくしどもにとって知る由もないことでございますから、わたくしどもにとって、あまり存在感のない国ではございます。

 ただ、見方を変えればノイラルが中立的な国なのであればわたくしどもとしても帝国に対する牽制が効くことでしょう。ですから、ノイラルとの現在の関係はわたくしにはわかりませんが、有効的な関係であることは重要である、とわたくしは思います」

ディアボロスはこの女の明瞭な考えと筋道立った説明がとても気に入った。次の質問をするときにはいささかテンションも高かった。

「では次だ。この国はどのような未来を目指すべきだと思う?」

「国の未来、でございますか…これまた難しい質問でございますね。

 そうでございますね…この国はあまり資源もなく、土地に恵まれているわけでもございません。交通の要衝として商業で栄えた街でございますから、変わらず商業、交易に力を注ぐのがよろしゅうございましょう。

 しかしながら、今の御時世、モンスターや力の強い動物が活発で、さらに魔族の行軍もあったことを思えば、閉鎖もやむをえないことなのでしょう。しかし、交易で栄えた国が門を閉ざすのは自らの首を占めるのも同然、一刻も早く平和を取り戻し、交易を再会することがこの国には欠かせないことでございましょう。きっと、そのためにディアボロス様が――いえ、口が過ぎました」

「構わない。そして、事実そうだろう。質問を続けよう。もし手から自在に水を生み出すことができるとしたら何ができると思うか?」

「水を自在に…」

今度は深く考え込んだ。思いつかない、というよりはより良い答えを模索しているように見えた。

「死ぬ人や、苦しむ人が、減るのではないでしょうか」

「…………ほぅ?詳しく」

「水が汚れたために滅びた街があった、と聞き及んだことがございます。汚れは病を運ぶのだとも。でしたら、澄んだ水がいくらでも出せるのでしたら、病を遠ざけることにはなりませんでしょうか」

「……素晴らしい。では最後の質問だ。俺に身請けされた場合、どのようにしようと思うか。あるいは、どのようなことに留意しようか思うか」

「…身請け…でございますか」

女は考え込んだ。それは、拒否の態度とは見えず、喜んでいるということもなく、ただ考えているというようであった。

「旦那様のお体はいたく立派でございますから、不便なことも少なくないかと存じます。わたくしの体でご満足いただけるかはわかりませんが、夜技を尽くすことはもちろんのこと、身の回りの不便、そしてそのお力を使われるご決断の一助となれるよう、尽くさせていただきます」

ディアボロスはそこまで聞くと、とてもうれしそうに何度も頷いた。

「女、名前は?」

「申し遅れました、わたくしはアオカナでございます」


「いかがでしたか?」

「素晴らしい。よほどのことがない限り、彼女のことを呼ぶだろう」

ディアボロスは上機嫌であったし、事実、これ以上話を聞く必要はないのではないか、とすら思っていた。これほどの逸材が娼婦であるとはにわかには信じがたいくらいだ。

だが、そうことは簡単ではなかった。ディアボロスが見目に好むところが他にいた、というのもあるが、それとは別に、心ゆり動かされる女が現れたのだ。

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