夢うつつの畔(4)
「ルシカ、でございます」
最年少、ということはないにせよ、かなり若い方であることは確かであった。ここまで若い女が良い回答をみせたことがなかったこともあり、ディアボロスは質問するときにそれほどの熱意はすでになかった。
「ではいくつか質問させてもらいたい。忌憚なく、思うままに答えてくれ」
「はい、かしこまりました」
「ではまずひとつ目だ。この国と周辺国の関係性について、どのように考えているか」
「周辺国…でございますか…
多分、危ういものでございますね」
あまりにはっきりした口調で言うので、ディアボロスばかりか騎士たちすらも色めき立った。
「なぜそう思う?」
「この国は、遠くの国から訪れた英雄が覇道の果てに建国したものである、と聞いております。もちろん、そのこと自体が問題になることはないでしょうけれど、初代国王はいくつもの不思議な、そして強大な力を使い、あらゆる敵を撃退した、と」
ディアボロスが戸惑っていると
「そうした話は歌としても、あるいは童話としても言い伝えられております」
とリクリエが耳打ちした。
「国王様自身がそのような力を備えていたのでなければ、覇道を成し遂げる力がこの国には眠っているということになります。であれば、その力は狙われるものなのではないでしょうか。特に、今はその力の存在を誇示できていない状態ですから」
ディアボロスにとっても、騎士たちにとっても、盲点であった。力はこの国にある。それはこの国の切り札であり、この国を守護するものだ。ディアボロスの存在が望み通りにならなかったとしても、その位置づけそのものは変わらない。だが、力そのものが狙われうる。ディアボロスの存在をではなく、あるいは召喚の秘法そのものが。
「おもしろい観点だ。ではこの国はどのような未来を目指すべきだと思う?」
「…友好的関係ではないでしょうか」
「友好的?」
「この国はもともとそうした大きな力がありましたし、豊かな国です。さらには、交易にも欠かせない位置にあります。ですから、強い国だと思うのです。でも強い国が危機に陥ったとき、むしろこの国は滅ぼしてもほしいものの多い国、ということにはなりませんか?自分たちの力だけで生きてゆけないなら、助けてくれる存在が必要だと思うのです」
これは似たようなことを言う女はいたが、明らかにルシカは明確な信念を持って答えていた。ルシカは侵略の危機を感じているのだ。
「詳しく聞きたいところだが、別の話をさせてもらおう。もし手から自在に水を生み出すことができるとしたら何ができると思うか?」
「…水…もしも、自分だけがそれができるのなら、誰にも言わないと思います」
「なぜ?」
「渇きに苦しむこともなく、身を清めることもできて、干ばつのときにも作物を育てられる、そのような力があれば、狙われるのは明らかですから」
恐れの深い少女だ、とディアボロスは感じた。だが、疑心暗鬼であるというよりは、人の心の暗い部分に敏感なのであろう。
「この国の誰もができるとすれば?」
「そうしたら…作物も、鍛冶も、暮らしもまるで違うものになるでしょうね。街はきれいになって、庶民にも当たり前に水が回ってくる…井戸を奪い合うこともなくなるでしょう」
この少女が願うのは平和と平穏なのだ。そのことを痛感した。
「最後だ。俺に身請けされた場合、どのようにしようと思うか。あるいは、どのようなことに留意しようか思うか」
「身請け…」
ルシカは少し怯えたような様子を見せて、しばらく考え込んだ。そして恐る恐るといったように口を開いた。
「末永く大事にしていただけるよう、尽くしたいと思います。ディアボロス様がなにをしてほしいのか、どうすることでディアボロス様に喜んでいただけるのか、そのことを考えながら過ごすようにしたいと思います」
「…ありがとう。最後に名前をもう一度」
「ルシカ、でございます」
全員の話をきいたとき、ディアボロスの意思は決まっていた。
「いかがでごさいましたでしょうか」
入室したミネオリスを見てディアボロスが立ち上がった。
「素晴らしい女性が多かった。感服したぞ。俺の考えは決まっている。アオカナ、そしてルシカを呼びたい」
「畏まりました」
ミネオリスが恭しく頭を下げて退室する。
「アオカナさんは私からみても納得ですが、ルシカさんはなぜ?他の女性とあまり変わらぬ受け答えに見えましたが」
ミネオリスを見送ってからリクリエが尋ねた。
「率直な物言いもそうだが、あれは臆病な女だ。だが、臆病であるにもかかわらず、騎士すらいるこの状況であれを口にした。それだけではない。臆病であることを逃げの口実にしていない。臆病であるからこそ、真摯であることがあの女の生き方だ。それが気に入った」
騎士一同はわかるようなわからないようなという顔をした。
「わたしは、なんとなくですがわかります」
マリーが口を開いた。なんとなし、侍女たちもそれに追随するようであった。
「多分、ルシカさんはディアボロス様に従いますし、それもいやいや従うわけではなく、忠実に従うと思います。そして、裏切らないでしょう。ディアボロス様は、そういうタイプの女性がお好きということだと思います」
「しかし、そうなるとアオカナさんと随分違うように思えますが…」
「アオカナさんも忠実に尽くし、裏切らないタイプでしょうし、自分の芯があって、色々なことを考えた上でひとつの自分の生き方を基準にして生きている、という点で共通しています。このふたつが条件だったのではないでしょうか」
リクリエの疑問にマリーが答えた。すると、中年の侍女も
「アオカナ様は強い女、ルシカ様は弱い女に見えやかもしれませぬが、どちらも一途で尽くす女でございましょう。そして、己の信じるもののために殉じることも厭わない、強い女でございますよ」
と言えば、若い侍女も
「おふたりとも目がとても強くていらっしゃいましたし、案外似ているのではないでしょうか」
と続く。女たちにそう言われては、とリクリエも苦笑した。
「リクリエ殿、女というものはいつでもよく見ているものでございます。助平心など見透かされますわ」
老騎士が笑いながらリクリエの肩を叩いた。
「失礼いたします」
扉が開かれ、ふたりが揃って姿を現した。堂々としたアオカナと、少し警戒心を見せるルシカ。ふたりとも、先程より扇情的な衣装に着替えていた。
「お選びいただき、光栄にございます」
アオカナは積極的で、ルシカはそれに続くような格好であった。そのままディアボロスに近づき、しなだれかかる。そのままキスをし、あるいは体に口づける。ひどく性急にすら感じた。
話したいこともあった、ディアボロスはそんなことを考えたが、ふたりの巧みな性技と性急な責めに、そのようなことを考えている余裕はなかった。結局、一度してすっきりとした気分で二人と話そう、と考えた時点で、すでに二人に骨抜きにされているといってよかった。
「緊張しておいでですか?」
アオカナが息を吹きかける。ルシカがディアボロスの体を撫でる。どのように見えたとしても、ふたりは確かに娼婦であった。
結局、ディアボロスは二人を同時に相手した上で、二人それぞれに劣情を吐き出し、それでもまだという状態でそろそろ帰る必要があるとマリーに呼ばれる、という事態に至った。
ディアボロスは迷うことなく二人の身請けを決め、リクリエに告げると完全に予想していたリクリエによってあっという間にその手続きを終え、帰りの行列にはアオカナとルシカが加わることとなった。
宿に戻り、問題となったのは部屋割りだ。宿には四人で泊まれる部屋がなく、二部屋に分かれることとなった。マリーはアオカナと部屋をともにすべきと主張したが、ディアボロスは変わらずマリーと同室とすることを主張した。もちろん、誰もそれに逆らうことなどできようはずもなく、そのとおりになった。そして、寝る前にはふたりと話すことを決めたので、マリーは一旦席を外した。
リクリエには別れる前、ノイラル公国からの誘いがあったことを告げた。その上で、ノイラルに対して行った回答を明かし、ディエンタール王国に対しても同様の要求を行うということを告げた。リクリエは複雑そうな顔をしたが、そのまま了承した。
「仮に」
リクリエは聞いた。
「ノイラル公国に行くとなった場合、それは我々に対する敵対を意味しますか」
「それは独立だ。ノイラル公国が先に条件を満たし、ディエンタール王国があとから条件を満たしたとする。追加された条件も含めてな。その場合、俺はノイラルにいたとしてもこの国を守護することを約束しよう。なんなら、両国の間を取り持つことすら考えている」
「…わかりました。陛下にお伝えします」
おそらくこの国もノイラルとの争奪戦に乗らざるをえない、というのがディアボロスの考えであった。それは、この二人もそう理解しているのだろう。
「ルシカとは、今日だけで今までより多く話をしたかもしれません」
アオカナがディアボロスの胸を抱きながら言った。二人をもう一度ずつ抱き、疲れ果てた二人はディアボロスに抱きついて休んでいるのだった。
ディアボロスの体は常人の一・五倍ほどある。それは縦にも横にも、というものであり、男根もまた一・五倍、あるいはそれ以上であった。いかに娼婦といえども相当に苦しんだものの、なんとか受け入れることができる大きさだったようで、大変な疲弊を伴いながらも夜伽をこなしたのである。
「娼婦同士で話さないものなのか?」
「そんなことはございませんが…わたくしとルシカは、あまりタイプが似ていないものですから、話す機会もない、ということでごさいます。自ず、お呼びくださる方も全く違った層になります故…」
「アオカナには、私が新入りの頃に少し説明をしていただきました。でも、アオカナは人気の娼婦で、私は安い娼婦ですから、扱いも全く違いますし、部屋も遠いのです」
ディアボロスはある程度納得する。格差があることもわかるし、機知に富み、妖艶で美しいアオカナに人気が出ることも理解できる。だが、ルシカの可愛らしさや、魅力を理解できないのだとしたらとんだ節穴だ、と思った。
「だが、これからは俺達は一心同体も同然。仲良くやっていこうではないか」
「…はい」
ルシカが先に答え、アオカナは黙ってディアボロスの胸に顔をうずめた。
「不安か?」
「…不安でないと言えば嘘になります」
アオカナが答える。
「しかしわたくしは既に旦那様のものとなった身。嘆いたり、後ろを振り返ることに意味はございません。ただ、この身は旦那様に尽くすのみでございます」
艶を含んだ淡々とした言葉にその感情は読み取れない。拒否はしないということと、拒否感はないということは違うのだということを感じてしまう。それはマリーもまた同じことか。
「私は、ディアボロス様にもらっていただけてよかったと思っています」
ルシカは意外なほどはっきりと、そう告げた。
「私は娼婦としてのお仕事が向いているとは思えませんでした。みなさんみたいにうまくできなくて、だんだん居づらくなって…
最初、ディアボロス様はとても恐ろしい方に見えました。この方におもちゃのように扱われたら、私なんてどうなってしまうのだろうと。でも、もうそれでもいいとも思いました。
けど、ディアボロス様は私達のことを気遣ってくださって、ああここが私の居場所になるのだと思えましたから」
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