春雷(2)

シトラス領は寒冷地ではあるものの平地への降雪は少なく、農業も割と盛んな土地柄である鉱物資源に関しては未知数ではあるが、国としては資源が豊富で、交易を重視している関係上、シトラス領としてもどのように交易を行うかは重要なことであった。

もちろん、交易のほとんどは商人によって行われる民間のものであり、物品税があるわけでもないのでそれらの検品は基本的に行わない。だが、国として購入するものや、他国との間でやりとりするものに関しては別であり、今回は帝国の商人から買い付けたものの確認であった。

「おまたせしました」

ネルラが商人に声をかけると、商人は慌てて膝をついた。ディアボロスは苦笑して軽く手を振った。

「面を上げてください。本日お持ちいただいたものを確認させていただきます」

ネルラは非常に手慣れた様子で物品を確認していく。ディアボロスはネルラが読み上げたアイテムをリストで確認していた。ディアボロスとしては手伝いになれば、と思ったのだが、実際には邪魔にならないようにするので精一杯であった。

「ちょっといいか」

「は、はいっ、なんでございましょう」

ディアボロスが声をかけると商人は腰を低くして答えた。

「様々な種類の木を持ってくることはできるか」

「木……でございますか? それは苗木でございましょうか」

「いや、違う。枝で良い。個々の量は枝数本で構わぬが、種類が欲しい。特にこの周辺にはないものの枝が欲しいのだ。できるか」

「は、はいっ、必ずお持ちしてみせますっ」

「期待しよう」

商人との会話を終えると、ディアボロスは無造作に台車を引いた。

「ご主人様、木ってどういうことなの?」

「電球に使うフィラメント用の木に良いものがないのだ。今のものでは持ちが悪く、松明の代わりにはならない。それよりネルラ、悪かったな。むしろ邪魔をしてしまった」

ディアボロスの言葉にネルラは首を振り、顔を近づけようとしたが、さすがに歩きながらでは難しく、すこしむくれながら離れた。

「そんなことはありません。閣下がいてくださったおかげで随分早く終わりました」

ネルラは至って上機嫌であった。

「ネルラはよく働いてくれる。むしろネルラは職務ばかりで寂しいくらいだ」

「あら、そんなに高く評価してくださるのですね。それは今夜は私を存分に愛でてくださるという意味ですか?」

「……そうしたつもりはないが」

もとを言えば恐れられて当然、愛されることなど夢にも思わなかったディアボロスだが、実際には日々をすごすうちに民には慕われ、女たちには代わる代わる求められる有様で、この変化を当のディアボロスはいまだ受け止めきれずにいた。

后としての仕事をネルラとアオカナが率先してやっていることは国の運営にとってとても大きなことであった。王としての公務があまりにも国のすべてにまつわるものであり、無論ディアボロスが統治制度と役職を整えることで改善されつつはあるのだが、結局は関わる物事があまりに多いという事実は変わらない。

だが、この世界の政に疎いディアボロスに代わり、実質的な執務は大部分をネルラが引き受けている。そして体外的な部分はアオカナが引き受け、ディアボロスは運営、決定、そして改革に集中することができていた。それにあたり、身の回りのことはすべてルシカがやり、最近はティシャも大いにディアボロスの助けになっていた。

ディアボロスにすれば自分はお飾りではないかと思うほどのネルラとアオカナの有能ぶりなのだが、実際にはディアボロスも多忙には違いなく、民がついてこれる改革を実施しつづけることに苦慮していた。

「いや、先にアオカナだ。最近アオカナには随分無理を強いているにも関わらず、まともに労ってやれていない。ネルラ、疲れていると思うが、もう少し付き合ってくれ」

「お心のままに」

ネルラは疲れなど微塵も見せない微笑みを返した。


アオカナを迎えに行こうとした一行だったが、そこまでたどり着くことなく、ぷんすかと腹を立てるセルオラとそれを宥める騎士のダンダルガル、それを後ろから苦笑いで眺めるアオカナに遭遇した。

「どうしたセルオラ。そんなに憤慨するなど珍し……くはないか。だが、何があった?」

「閣下!聞いてくださいよ!今日来てた帝国の者が、あまりにもおかしな値ばかり言うものだから、なんのつもりかと問い詰めたら、女に価値がわかるものなど、せいぜい香水か宝石くらいのものだろうなんて言って!」

「む……?」

「アオカナ様のことを『側室におかれましてはこのような品を定められますより、そんな色気のない服などお脱ぎになって閣下のもとへ行かれたほうがよろしいのではないですかな』などと言って!」

セルオラは素直に怒っているし、ダンダルガルもそれを微笑ましく宥めているという感じだが、ディアボロスはそれとは違う反応を見せた。

「その者、本当に商人か?」

ディアボロスの言葉にセルオラとダンダルガルがぴたりと固まった。アオカナは笑顔のままだった。

「もう既にあの者の動向は監視させています。もっとも、間者ということはございませんでしょう。あまりにも不自然にありますし、品は確かでごさいましたから、大方、商人を襲って奪った者が、その荷を捌こうとしたというところではないかと思うのでございます」

「なるほど。ネルラ、聞いたな?」

「はい。アオカナ、今の指揮は誰に?」

「アルダンに指示しました。見つからぬようにと注意はしておきましたが……」

「アルダンですか……まぁ、あれで頭の良い男ですから問題を起こすようなことはしないとは思いますが、一応、私が見ることに致しましょう」

ネルラは当然のように言ったが、ディアボロスは顔を曇らせた。

「すまないな、ネルラ。無理はしてくれるなよ。俺もネルラの帰還を待とう」

「いえ閣下、機にせず休まれてください。これは私の仕事ですから」

「そうはいくものか」

ディアボロスはなるべく優しく微笑み、ネルラの頭をなでた。

「ネルラだけに辛い思いをさせるわけにはいかない。俺は待っている」

「閣下……はい。すぐに済ませて戻ります」

ネルラは心地よさそうな顔を見せ、そして顔を引き締めると踵を返した。

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