濁流(5)
「現時点でこの世界に上層世界から落ちてきたヤツは五柱いる。ただ、召喚されたのが五柱って意味じゃない。そもそも最初に初代ディエンタール王が呼び出したヤツはもう残ってない」
「殺された…? 貴様がやったのか?」
「とんだ言いがかりだ。ディエンタール王が呼び出した当初の術式は魔術に近いもので、上層世界の住人の力だけをまるごと持ってこようとした。が、どうしてもそれだと帯域が足りない。結果的に力の塊のような不安定な存在を呼び出すことになった。まぁ、そのかわりに完全に従属させることができたようだけども。とにかく、ディエンタール王はその力で覇道を成し遂げたものの、召喚した神はそのまま消滅してしまった。そしてディエンタール王は上層世界とのゲートを作って帯域を広げ、神そのものを召喚する方向に変えた。まぁ、理由はわからないけど、築いた国を守るためとかそんなところだろ。
けど、その術法は留めきれず、結果的に神を召喚する方法が流通することになった。そして魔術に対するロフコニア王子兄妹が別世界の人間の魂を同時に呼ぶことでその術を成功させた。それが俺だ。
俺は俺を従属させようとしたロフコニア王族と対立し、要求を飲ませた。だが、その戦闘に伴ってロフコニアの弟が国境を越えて逃げ出した。まぁ、俺が矛を収めるとは思わなかったんだろう。俺としては満足な結果になったが、弟のほうは亡命先で随分後になってから召喚を成功させた。
俺は新たな国を興し、そっちに移った。その数年後、ロフコニアでも新たに召喚がなされた。俺はそれを許さなかったし、敵対的な行為だと見做してロフコニアと戦争になった。結果、今ロフコニアも俺の支配下にある。
もう一柱はどういう経緯で召喚されたのかわからないが、ディエンタール王の由来の地と思われる場所で召喚された。
問題は、俺達の存在と、この世界の存在にある」
ただ、説明だけが続き、その状況が何を意味するのかは全くわからなかった。しかし、タケルは一度言葉を切ると何度か深呼吸をして、続けた。
「この世界自体、三千世界の端っこにあって、神によって雑に作られた世界だ。俺達の元いた世界を模してな。雑に構築された世界は世界を構成するための法則が整っていない。だから、短命に終わるしかない。そんな実験的な箱庭にいるのが俺達……神々に異端として狩られる立場だった連中だ」
ディアボロスもネルラも、説明に不穏な気配を感じていた。何を言っているのかはよくわからない。だが、嫌な予感で埋め尽くされるようだった。
「三千世界の端っこで、この世界を消し飛ばしても他の世界に影響が出ない。あんたは上層世界でも最強で、俺だって一騎当千だ。けどこの世界に送り込んだ後、この世界もろとも消し去ってしまえば連中の勝利ってわけさ」
誰も言葉を発しなかった。この世界が消える。それはどうすることもできない死の宣告であった。
「けど、実際にはこの世界を消し飛ばすためにはゲートを広げて、消し飛ばせるだけの帯域を確保しなくちゃならない。そこで連中との戦闘がもう一回あるってわけだ。まぁ、できればゲートを広げるってところ自体を防げれば何よりなんだけどな。 有力なゲートだったディエンタールはあんたが離れたから当面は問題ないだろ。けど問題は、ロフコニアの弟が支配してるタン・トルリオ王国だ。ロフコニアで召喚されたのはラッキーなことに元々俺と仲の良かったヤツで、協力関係にある。けど、タン・トルリオにいるのは炎の魔神で、敵対関係にある上に俺だと相性が悪くて勝ち目がない」
「なるほど。だから協力せよというわけか」
「あんただってこの世界が神々に蹂躙されるのは困るだろ?利害は一致してる」
タケルの言う内容は確かに有無を言わせないほどに正論であり、拒否する余地がないように思われた。だからこそディアボロスはタケルの言葉を素直に信じるべきかどうかという点で訝しんだ。
「悪い話じゃないはずだ。あんたからすればリスクも比較的少ない。もちろん、敵との戦闘があるにはあるが、交渉事や準備はこっちでやる。これでももう八十年は研究してるんだ。調べものはこっちでやったほうが早い」
「八十年?」
タケルはそれほど老いているようには見えない。というよりもむしろ若いくらいだ。
「そうは見えないってことか? そりゃそうだろう。神なんだから人間よりは長寿だ。まぁ、俺の女たちも抱けば長生きする。エリスはともかく…他の女はそうしなければ俺を置いて逝っちまうからな。それは、あんたも避けられない宿命だろ」
考えたこともなかった。だが、確かにディアボロスが神であるというのなら、寿命が違うというのは考えてみれば当たり前ということでもあった。ネルラたちは先にその生を終える、と聞いてディアボロスはやりきれない気持ちになった。一瞬、タケルに抱かせるべきだろうか、という考えがよぎった。絶対にない、とは言い切れない。それが長く共にいるために必要だと言うのならばそうするかもしれない。だが、タケルは抱けば従属させるのだと言った。そのようなことは避けて真っ当にその天寿を全うすべきなのだと自らに言い聞かせた。
「しかしそうすると、貴様は元は俺よりもずっと老人ということか」
「…………ん?」
タケルは軽く首をかしげ、引きつった笑いを浮かべた。
「なるほど? つまり、あんたは俺からすればずっと未来の人間ってわけだ。生まれた時にはスマホはもうあった、ってことか」
「スマホ?いや」
ディアボロスは首を横に振った。
「スマホは……いつ頃かは覚えていないが、もう大人になってからだったのは間違いない」
「おかしいな……スマホが出てきたのは俺が十代のときだった」
タケルは考え込んでトントンと机を叩いた。
「時空がねじれていて、召喚時の元の世界がいつだったかは関係ないのか? いや、そもそも同じ世界だった、って保証はないか。違う世界…あるいは、平行世界? くそっ、あんたが元の世界のことを覚えてれば検証できるのに。少なくともスマホはあったわけだし、同じ世界である可能性は高いな。平行世界であるとしてもかなり近似か……あんた、スティーブのことは知ってるか?」
「スティーブ?」
「有名なカリスマさ」
ディアボロスは考えこんだが、また首を横に振った。
「人の名前は……ほとんど思い出せないな。歴史上の名前ならいくらかは」
「そうか……まぁ、それはいい。とにかく、俺達はこの世界もろとも神に蹂躙されないために戦う必要がある。それはお互い様だから協力しようってことさ」
「……断ったら?」
「あんたがどうするのか次第さ。ただ、あんたの協力なしには炎の魔神に対する勝算は低い。あんたが戦死する可能性よりも、あんたが戦わずにこの世界が滅びる可能性のほうが間違いなく高い」
「…………」
ディアボロスは考え込んだが、タケルの言葉を検証する方法がなく、断ることはできないように思われた。
「いいだろう。どうすればいい?」
「賢明な判断に感謝するよ。とりあえず、今すぐは特にはない。俺と、ロフコニアのジャンは、不明の神との交渉をしなきゃならない。だからあんたはシトラスで女たちと過ごしていればいい」
「不明の神?さっきディエンタール王由来の地で召喚されたといっていた者か。俺はいいのか?」
「戦闘にいくわけじゃない。相手は俺達とも、あんたとも、そして体制側の神々とも違う中立の立場だ。別にいきなり戦闘になるようなことはない」
「どんな神なんだ?」
「あぁ、軽く紹介しておくか…… イチから行こう。まずあんたは脳筋型の巨人だな。力を発するとでかくなる、って特徴があるくらいで、あとはひたすら膂力だ」
「…………」
なんとなく愚弄されているような気がしてディアボロスはイラッとしたが、事実なのだろうとおとなしく受け入れた。
「俺は迅速の剣の神だ。速度と、あとはいろんな能力があるから小器用で手数で攻めるタイプだな」
「空を飛ぶのもそうか?」
「あぁ、いや、あれは空を飛んでいるわけじゃないんだ。跳躍力と反射速度があるから、小さな力場の壁を作ってジャンプしてるのさ。ちょうど、水泳の飛び込みみたいにな」
「ほぅ……」
確かに小器用だ、とディアボロスは思った。跳躍力と速度で突撃してくるし、それが凄まじい威力であることはディアボロスは身を以て知った。そこに「壁をつくる」という能力があれば、足場にすることも、防御に使うことも、あるいは相手自身の突進を利用した攻撃に使うこともできるだろう。
「ジャンは賢神テユコナだ。魔術師だけど、あくまで研究者だからな。戦闘は無理だ」
「うむ……」
この世界の魔術は制約が厳しく、実用的には使えない。だが、神の魔術ならば便利な能力たりえるのだろうか。
「中立なのはステンルヒアに住んでいるナナミだ。神秘の女神イリュシオスだな。戦闘的な魔術が使えるし、予見能力がある。ステンルヒアは北極みたいな場所だぞ」
「そんな場所に人が住んでいるのか?」
「この大陸は北極圏まで地続きだし、大陸といってもそんなに陸地は広くないからな。で、問題の敵が炎の魔神カルヨソだ。奴自身、カルヨソと名乗っているらしいから、元がどんな人間だったかはわからない。世界をまるごと焼き尽くしたことがあるくらい危険な相手だ。しかも残虐で好戦的。下手するとあいつによってこの世界が滅ぼされるかもしれない。元々体制側だし、あんたを追い出した張本人でもある」
「待て。それは俺が勝てるのか?」
「今のままじゃ無理だ。あんたは今は随分小さいし、力を上手く発揮できてない。ナナミとの交渉がうまくいったら、なんとかするつもりではいる。本来の力を取り戻すことと同時に、できればあんたの装備を見つけたい。俺が使っているのは俺の本来の武具だが……あんたは自分の武具をみつけていないようだからな。場合によっては、ディエンタールに行くことになるか……」
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