濁流(4)
ディアボロスは思い返す。ディエンタールに召喚された直後、あまり明確な意思があったとは言い難い。その時何を考えていたかと言われても思い出せない。ただ、自分が何をすべきかだけはわかっていた。そして、ただ機械的に敵を殺戮し、そこになんの感情もなかった。しかし、ディエンタール王を探しているときには苛ついていたし、ディエンタール王と対峙しているときには破壊的な感情や、眼の前の敵を引きちぎりたいという気持ちでいっぱいだった。
だが、マリーと会ってからはどうだろう?もちろん、状況によって感情は揺れ動く。それでも、ウィスガフ軍との戦闘においては、ディエンタールでの戦闘ほど冷静さと冷酷さを持っていたわけではなく、生々しい感覚を塗りつぶすような戦意と闘志が湧き上がってきたのを覚えている。
人としての自分と、神としての自分がいて、平和な世界に生きてきた人間と、血なまぐさい世界に生きていた神であるとするならば、その乱世で当たり前のように戦えることは神としての自分があってのことだというのは違和感はない。召喚直後の戦いは、まさに何かが乗り移ったような夢うつつの心地であった。
それは今の自分とは異なる誰かの意思によって動いていて、今それが混ざりあった存在となった、とすれば納得はできるが、なんとも気持ち悪いものがあった。
「思い当たるところのありそうな顔だな」
タケルの声に我に返った。
「……確かに、そう説明されれば違うとは言い難いのは事実だな」
「受け入れがたいけど?」
「その通りだ」
「事実だ。あんたが上層世界最強の巨人、ゴルダールなのは間違いない。もっとも、人間としては誰なのか、知りようがないけどな。あんた自身が覚えてないっていうなら、知る方法はない」
その言葉でディアボロスは苛立ちを見せた。その様子を見てタケルは訝しげに眉を顰めたが、やがて何かに気づいたようで笑いだした。
「あぁ、女たちの『誰が』スパイかってことか」
ディアボロスはそれに答えなかったが、今にも殴り掛かりそうなほどに苛立ちを表した。がつがつと床を踏みしめ、部屋が揺れた。
「心配するなよ。誰かがスパイなわけじゃないし、領内にスパイがいるわけでもない。ちょっとした魔術を使って話を聞いていただけさ」
「なるほど……ん?」
一瞬納得しかかったが、すぐ違和感を感じた。
「魔術は永続しないだろう?遠隔で起動することもできないはずだ」
「ん?ああそうか、魔術について説明しなきゃならないか」
タケルはそう言うと宙で指をくるりくるりと三度回した。すると宙でぽわっと火が上がり、すぐに消えた。
「魔術自体はこの世界の外側からエネルギーを持ってくるためのインターフェイスだ。基本的にこの世界で使われてる魔術は上層世界からエネルギーを持ってくるけど、別にそれに限られてるわけじゃない。実際、エリスは魔術を使うけどその手続きはこの世界の住人が使うものとは全く違うし、性質も違うだろう? 手続きの複雑さや制限は自身が呼び出すエネルギー源世界との距離によって決まる。この世界の住人なら上層世界との距離は一定だから同じ方法で呼び出せる。逆に言えば俺達は同じ方法じゃ上層世界の力を使えない」
タケルはこの世界では聞かないような言葉を次々に並べた。明確にディアボロスに向けられた言葉であり、ノイラル公やネルラでさえも理解の緒もなく途方に暮れていた。
「だからエリスや俺はこの世界とは違う体系の魔術が使えるわけだけども、俺には元の神としての俺から持ち越したいくつかの力がある。その中に『抱いた女を自分に近い存在に改変する』ってのがある」
「…………は?」
唐突な話にディアボロスは間抜けな声を上げた。
「まぁ、正確にはそれだけじゃない。女を抱けばそれだけで『従属させる』ってのもある。ま、俺にとっては女とヤるだけで言うことを聞いて、守ることを考えなくてもいい女ができるわけだ」
ディアボロスは呆れればいいのか、それとも胸ぐらを掴んで殴ればいいのか、本気で悩んだ。だが、その苛立ちと殺気はすぐに察知され、青い髪の女が誰よりも早く身構えた。ディアボロスはそのまま動きを止め、ため息をつくと再び椅子に深く座った。
「子供の妄想じみた能力だな。その女も忠実な犬ってわけか」
その挑発的な言葉をタケルは鼻で笑った。
「もっとはっきりと、エロゲーかエロ同人みたいな能力だって言ってくれて構わないぞ? それに、俺の能力は従属させるだけで、別に意識や意思を破壊することはない。エリスも、マルリアも今自分の意思で動いてる。そっちの女騎士が無駄と知りながらもいつでも剣を抜けるようにしているのと同じことさ」
ディアボロスは驚いてネルラを見た。確かに、ネルラは少し腰をひねり、不自然に左の腰とテーブルとの距離を広げ、ペンはゆるく握り、左手は紙を抑えているのかと思いきや、テーブルを押せる体勢に留めていた。ディアボロスはネルラの左手に手を重ね、首を横に振った。
「エロゲーとかエロ同人というのが何なのかは知らんが、つまり、貴様が女を抱けば貴様に近い存在に変容し、この世界の枠にとらわれない魔術が使える、ということだな」
「その通りなんだけど……なんだ、エロゲーも知らないのか? オタク文化に疎いんじゃ、この世界に来たとき困っただろ」
「マリーがいたからな」という言葉を、ディアボロスはそっと飲み込んだ。この男にマリーの話は、例え知っていることだとしても話したくはなかった。
「ん、まて?それは俺もその形式に従えば魔術が使えるということか?」
「いや、それは無理だろ」
タケルは即答した。
「なぜだ?」
「あんたは元々神としても膂力一点張りの魔神だからさ。搦手すら使わないようなあんたが魔術なんか使えるとは思えないね」
そう言われてしまえばディアボロスとしても何も言えなかった。
「しかしそこまで膂力に差があるか?貴様も相当な力があるようだが」
「まさか。俺は加速して突撃してるわけで、組み合ったら勝負にならないさ。もっとも、あんたはその力が体に大きさに比例するわけだから今の状態じゃ大したことはないだろうけど」
「それは俺は本来はもっと大きくなる、ってことか?」
「ゴルダールとしては大きさは可変だったな。今は最小に近いだろ。どうやって、とか聞くなよ?俺には原理もわからんから」
ディアボロスは考え込んだ。その沈黙に、恐る恐るといった感じでノイラル公が割り込んだ。
「すまないが、そろそろ本題に入ってはどうだろうか」
ディアボロス、そして女騎士はどういうことかと訝しんだが、他の面々は理解しているようであった。タケルは苦笑いを浮かべ、ディアボロスに向き直った。
「そう、なんで俺がここに乗り込んだかってことだろう」
「……あぁ」
ディアボロスとしては次々と知識を与えられていることに満足してしまい、この男の意図などというものを探る考えはどこかへ行ってしまっていた。当事者ではないノイラル公やネルラにとっては、気になって仕方のないところであった。
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