神々の籠 (2)

その力は世界が耐えられるかのほうが不安になるようなものであった。

一度ディアボロスが踏み込めばその波動だけでも使徒は砕かれ身が千切れる。斧を振るえば大地は避け、空間さえも避けてそこに使徒は吸い込まれ、吸い込まれたら最後その身は粉々になって消える。

だが、大いなる使徒は耐えてみせた。敏捷なる動きでその斧を躱し、その手から光と闇を放ちディアボロスに反撃する。使徒の攻撃は非力なものではない。三千世界の全てより硬いディアボロスを肉体といえども、突き刺さる鋭い痛みを確かに感じていた。

それでもそのような痛みにディアボロスが屈するはずもない。世界を生み出すために槌を振るい、世界を破壊するために斧を振るってきたディアボロスはただの戦いで屈するような魔神ではないのだ。

「落ちるがいい!」

斧に力を込める。ディアボロスはその強靭なる肉体で知られるが、ただそれだけでは創生の魔神たれない。体から雷が迸る。炎が灼熱に染まる。

ディエンタールという地には思い入れがある。

この地で目覚めたとき、なにひとつとして思い出せず、ただこのを砕かねばならぬと魂が叫んでいただけだ。しかし、その感情も、その理由も、拳を振るうごとに消えていった。なんのために拳を振るうのか瞬くうちにわからなくなった。

そして迷子となった。知らぬ世界で、知らぬ自分のまま放り出された。

そしてマリーと会った。ディアボロスを恐れながらも仕方がないと世話を焼いていたマリー。愛がないことは知っていても、その情は今でも忘れられない。なんとしても守りたかったという後悔は今なお消えない。

ティシャとの出会いは偶然に過ぎなかった。守れてよかったと心から思う。ティシャはただの子供だと思っていたのいつ頃までなのだろう。今も子供であるのだろうが、ティシャの中の女としてのティシャは、とうに成熟していたのだ。もしかしたら誰より確固たる愛を持っているのかもしれない。その迷いのない強さを、ディアボロスは心から尊敬している。

マリーから軽い軽蔑の目をもらうことになったが、娼館での出来事も忘れがたい。これほどまでに魅入られる女との出会いが待っているなどと思いもよらなかった。アオカナとルシカ、この二人との出会いを幸運と言わずしてなんと言おうか。あれほどの愛を注がれて、それに応えられていないのが悔しくてならない。シトラスに帰ればその愛にもっと応えよう。これで全てが終わるのだ。あとは彼女たちを愛する以外にすべきことなどない。

あの宿でネルラと出会ったときのことは生きていてそう感じることのない驚きだろう。賊の侵入など、ディアボロスが生きてきた経験の中にはない。あの何を考えているか読めないネルラの愛が取引でないことを信じるまでには随分時間がかかった。ディアボロスが信じるまでの間、ネルラはどれだけの無償の愛を捧げたのだろう。ネルラは見えないところでその力を発揮し、ディアボロスには全力で愛を注ぐ女だ。その労にも愛にも、しっかりと報いる必要があるだろう。

その全てをこの地で刻んだ。そのすべてが忘れがたい。その記憶が風化してしまうとしたら、それほど悲しいことなど他にあるだろうか。

まだ半分は思い出していないのだ。前世の自分は果たしてこれほどまでに愛されていたのだろうか。これほどまでに愛することができたのだろうか。もしかしたら、前世の自分とはそのような男だったのかもしれない。なぜならば、ゴルダールは愛などとは無縁に存在しつづけただけの者なのだから。これほどまでに愛に恵まれたのは、自分の内にある半身のおかげなのかもしれない。

「さらばディエンタール――――」

世界が炎に、雷に包まれる。

「愛する者のため、そのすべてを打ち砕いてくれる!」

ディアボロスはその斧を高く振り上げた。

終わらせるのだ。忌まわしき企みの全てを、今ここで。


――――――――待ちなさい!

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