神々の籠
神々の籠 (1)
「一体、これはどういうことだ……」
ディエンタールにたどり着いたディアボロスはその惨状に愕然とした。
ディアボロスがディエンタールを去るとき、アルセエリスの侵略によりディエンタールは瓦礫の山となっていたのは事実である。だが、それでも生き残った者も、形を残した建物も多く、まだ街としては成り立っていたはずだ。
だが、今のディエンタールには人の気配もなく、僅かに建物の残骸がある程度である。廃墟といえるほどの形すら残っていない。まばらに残ったレンガはここがかつて街だったことを知っていればその痕跡を見つけることができるが、地面には白と黒の灰、そして紫と紺色の粘ついたものが散らばっていた。
だが、城はかろうじて城らしきものとして残っており、深想の塔はまだ形をとどめていた。
塔から光の柱が立ち上っており、塔全体が光を放っている。さらに塔からは光の波紋が広がっており、それがただの光でないことは、触れるたびに体を侵食するような感覚があることによって明らかであった。
「アーリカン、この地には別の神が降臨していたはずだ。そのことを何か知らないか?」
「アレなら、俺が倒した……はずだ」
「倒した? アーリカン、貴様また見境なく……」
「そうじゃない! アレは神と呼べるようなものじゃなかった。 むしろ、君が世界に投げ込む炎に近いくらいさ。
不気味な形をしていて、アレを囲むようにして整然と並んだディエンタールの人々は魂を失ったように呆然としていた。俺にはすごく危険なものに思えた。正直怖かったんだ。
俺は剣で切りつけた。アレは何も動かず、一撃で倒れて灰になった。ディエンタールの人々も、それでまた動くようになったんだ」
「全く意味がわからんな。そいつは一体……」
謎の存在に気を取られていたタケルとカルヨソだが、ディアボロスは別のことを考えていた。
この世界はそもそも不完全な世界だ。その世界に追放するのは、この世界もろとも消すことができればそこにいる存在を消し去ることができる。その場合、中にいる者の力は関係なく、ディアボロスを滅ぼす合理的な方法というわけだ。しかし、それは世界もろとも消す、ということが前提だ。カルヨソは世界を焼き尽くすことで使えなくしているだけで、世界という器自体は一度生み出したら残り続けている。使い物にならなくても器自体を消すことはできないのだ。
なら、世界もろとも消すということ自体が机上の空論ではないか?
もしそれができないのなら、考えられる方法は「箱に閉じ込めて、爆破する」というような方法だ。カルヨソの方法はそれに近い。だが、カルヨソは世界という器そのものを焼くことができるほどの炎ではないため、世界という器に閉じ込められている意味は薄い。小さいこの世界に余すことなく届く炎を放つことがでれきば、逃げ場のないこの世界の者はその直撃を避けられないだろう。
「……来るぞ!」
ディアボロスが吼えた。塔がまばゆく光り、そこから無数の白い物体が飛来した。
「使徒だ!」
槍、弓、鎌、剣、様々な武器を携えたできそこないの人型のような形をした白いそれは、神々が尖兵として使うこともある傀儡であった。創造は容易ではなく、神といえどかなりの力を使うため、そう多くは存在していない。しかし、その分力は強く、戦争において使徒の部隊に魔神が屠られるということもあった。
「愚かな……!」
カルヨソが自らの炎を結集させた。一気に焼き尽くそうというのだろう。
「ォォォォォォォォォアアア!」
ディアボロスが拳を放つ。大地が揺れ、空気が砕ける。空を叩いた拳が生み出した力が飛来する使徒を、まるで蠅の群れに電撃を浴びせたように叩き落とした。
「せぃっあ!」
ノステラは速い。落ちた使徒を見逃すことなく、まだ生ける敵を即座に貫いた。
「はっ――!」
手負いとはいえ、タケルも上層世界で並ぶもののない剣神だ。ノステラと完全に息の合った連携で使徒を確実に切り刻んだ。
カルヨソが炎を放った。投げられた一条の炎は使徒に躱されその陣中に飛ぶや、渦巻いて使徒の陣を炎獄に変えた。
「ラァァァァ!」
ディアボロスの拳が飛ぶ。空を叩いた力は炎さえも打ち砕き、塔から飛び出そうとする使徒もろとも焼いた。
瞬間、ノステラがタケルを抱えて飛び退いた。誰もいなくなった空間に空から漆黒の槍が降り注いだ。
「どういうことだ!」
カルヨソが叫んだ。光に包まれた塔から、その光を飲み込むような黒い影が広がった。魔神の使徒だ。
「俺たちを始末するためなら共同戦線も惜しくない、ということかな。光栄なことで!」
タケルの剣が影を切り裂く。歴戦の神々さえ容易ならざる魔神の使徒、しかし全ての世界の剣の化身として生まれたアーリカンの敵ではない。
「ダァッ!」
ディアボロスが拳を放つ。飛来する神の使徒も、魔神の使徒も、そして矢も槍も、そのすべてが一瞬で砕かれる。
無傷ではない。ディアボロスの巨人の体は使徒の矢を躱すことなどできはしない。一撃一撃の合間の攻撃がえぐる。だが、それを浴びぬよう、カルヨソの炎が援護した。それらを躱した、あるいはそれらに耐えた使徒はタケルとノステラが確実に仕留める。共闘などしたことのない、もとより敵対関係にあった者たちの連携が、完全に使徒の攻勢を封じ込めていた。
無傷ではない以上、無限に続けられるわけではない。神の力は尽きないが、ノステラはもとはただの人に過ぎない。それにどれほど息が合っていても、敵も戦術に工夫を重ねれば突破される可能性はある。
だが、絶望はなかった。この戦いに勝ちは見えている。なぜならば、使徒を生み出すのは困難であり、使徒の数では無限ではないことは明らかだからだ。
攻撃がやんだ。すべての敵を打倒したのだろうか。
「おかしい……いくらなんでも数が多いのではないか!
カルヨソ、タケル、貴様ら何か使徒を生み出す秘術を見つけたような話を聞いたことはないのか」
ディアボロスは問うたが、二柱はそれを否定した。当然のことだ。使徒を生み出すためには前提となる条件が多い。そう条件を揃えることもできず、その条件を取り除くことができるようなものでもないのだから。
塔は依然として光を放っている。ディアボロスは警戒を解かず、塔を睨みつけた。次の瞬間、光が爆発した。
その爆発は凄まじいものであった。大地に積もった全てのものが消え去り、光の粒子となった。
カルヨソもタケルも無事ではいられなかった。決して小さくないダメージであったことは苦痛に歪む表情から見て取れた。だが、それでは済まない者がいた。ノステラは大地に転がり、ぴくりとも動かなかった。
タケルがノステラに駆け寄った。
だが、ディアボロスはそのようなことを気にしている暇はなかった。塔からは数え切れないほどの使徒が湧き出し、そしてそれら使徒と大きさにして十倍はありそうな白と黒、合わせて四体がその姿を見せた。塔はもはや塔としての形を失い、ただの光の柱となっていた。
拳を放つ。また使徒が墜落するが、全ては落としきれず、大いなる使徒たちは創生の魔神の一撃に耐えてみせた。
カルヨソはもはやその群れに炎を放つことはできない。タケルもまた、ノステラを守って動けずにいた。
奴らはもはや自身の身を守るのがせいぜいであろう。
ディアボロスはそう思った。もはや攻撃を防ぐことなどできはしない。するべきことは敵を打ち倒す。それだけだ。だが、何も難しくはない。いままでもしてきたことだ。この肉体は幾度とない戦争において、無数の攻撃を受け止めてきた。剣神の魂の一刀も、遥か遠くの星に届く矢も、星を砕くハンマーも、その全てを受け止めてきた。またいつものようにその全てを受け止め、その全てを打ち砕くだけなのだ。
ディアボロスが手を伸ばすとその手に斧をとった。幾多の戦争において数多の強敵を叩き切ってきたゴルダールの武器だ。
「我が名はディアボロス! 再誕の悪魔がその企み、斬り伏せてくれよう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます