輪転 (3)
「ディアボロスッ…… 騙されてはいけないッ……!」
タケルが、剣を杖のようにして立ち上がった。満身創痍であった。
「彼は、この世界を滅ぼすつもりだッ…… このまま逃げ帰れば、君が守りたいものもろとも、全てを燃やし尽くすだろう……!」
よろよろと立ち上がったタケルを、カルヨソは睥睨するように見た。圧倒的な力、もはや勝利を疑っていない。ノステラは絶えず好きを窺っていたが、飛びかかることができずにいる。
「馬鹿なことを言う。ゴルダール、思い出せないなら聞かせてやろう。
確かに、俺と貴様は敵同士であった。いや、単に不仲であったと言っていいだろう。そもそも世界の異端たる貴様を受け入れる者などなかった。誰もが恐れ、そして忌み嫌っていた。世界の支柱たる貴様を討伐し、世界を真の意味で我ら神々のものにしたい。誰もがそう考えていただろう。
それはアーリカンとて同じ。だが、貴様と神々という一枚岩の戦いではなかった。我ら魔神と、彼奴ら神々、そして創生の魔神というそれぞれに敵同士であり、俺とアーリカンはただその中で忌まわしい敵であったに過ぎない。
俺はこの潔白の紳士を装った剣神が悪い。こやつの略奪が、どれほど神々を苦しめたと思う。甘言を駆使して女神たち、そして女魔神たちを陥れてきたそこの剣神を許す気になどなれぬ。神々に追放されたと聞き及んだとき、どれほど胸のすく思いだったか。
だが、それで終わりではなかった。こやつは自分一柱が追放になどなるまいと、上層世界に罠を仕掛けていた。それによって、何柱かの神と魔神が巻き添えとなった」
「何を……! ディアボロス、彼のいうことに耳を貸してはいけない。彼はその炎で上層世界を焼き尽くし、破壊の罪で魔神によって追放されたのだ!
彼は極めて残虐な魔神だ。神々を苦しめるべく、神々が創造した世界を焼き、人々が苦しみ悶える姿を見せつけることで、自分の力を誇示し、神々に畏怖を植え付け支配しようとした!
彼のような邪悪な魔神を、この世界にのさばらせてはならない! 彼は上層世界の邪悪なる魔神たちと結託してこの世界に力を注ぎ、この世界を崩壊させるつもりなのだ!
君の愛するすべてが、その炎に焼き尽くされてしまうぞ!」
変わらず、カルヨソは余裕を持ってタケルを睨み、タケルは立つのもやっとといった様子で睨み返していた。
ディアボロスは迷った。この場でできることはない。タケルが敗勢の今、ディアボロスができるのはシトラスへ逃げ帰り、女たちを守ることだけだ。しかし、現実としてはもしタケルの言うことが真実であるならば、女たちを守れる可能性はタケルに加勢するほうが僅かだが高い。
そう考えたとき、突如大きな揺れが起きた。
「なんだっ」
揺れはだんだん大きくなり、立っていられないほどになった。
その隙をノステラは見逃さなかった。
「はぁぁぁぁぁッ」
空間ごと切り裂くような刺突に、耳鳴りがした。カルヨソはその攻撃に気づいて身をよじって躱したが、ノステラの槍から放たれる衝撃波は避けきれなかった。脇腹をえぐられ、炎が吹き出した。
「くぉぉぉ」
カルヨソがよろめく。その瞬間を待っていたように、タケルが飛びかかった。だが
「愚かなッ…!」
カルヨソが腕を振ると灼熱の衝撃波が襲った。さらに返す腕を振り下ろすと炎の爪が襲いかかった。
完全に直撃するタイミングだった。だが、タケルは直前に横へと跳躍し、ノステラを抱えて飛び退いた。
だが、その直線上にいたのがディアボロスであった。
「ぐっ……あぁぁぁぁァァァァァァァ!」
熱い。肉体をえぐる炎がディアボロスの鋼の筋肉を溶かしていく。傷口から炎が立ち上った。体が焼ける。口から炎がわきあがった。
「ぐぁぁぁっ…… がっ、ぐっ……ぁ……」
その身を焼かれ、ディアボロスは仁王立ちのまま炎を上げた。
タケルとカルヨソは睨み合っていた。もはや互いに引ける状況ではない。依然としてタケルが不利ではあるが、ノステラの槍はカルヨソに大きなダメージを与えており、カルヨソとしてももはや余裕を見せられる状況ではなかった。
タケルとノステラが構えた。数の優位を活かしてなんとか突破口を拓くしかない。
だがそのとき、再び大きな揺れが襲った。否、ただの揺れではない。床が沈み、そして王宮は崩壊した。
「くぅ……」
高層の王宮が崩壊し、落下したことでカルヨソはまたダメージを受けた。それほど大きな傷ではないが、隙だらけであった。この隙をノステラが逃すわけがない。カルヨソは死を覚悟した。
だが、それは訪れなかった。何事だろうか。カルヨソは瓦礫を焼き、その身を起こした。
カルヨソの目の前には見たことのない柱が立っていた。柱に見えた。空を遮るそれは、かつて見た巨人の姿であった。
王宮よりも巨大な体は、上層世界を構築する一部であった。いかなる力をもってしても傷つけることすらかなわない。そう言われていた。
「ゴルダール…………」
タケルもまた、ディアボロスの姿を見て固まっていた。これまでは大した力も持たず、選びようもなかった。だが今はその逆だ。ディアボロスはタケルも、カルヨソもひと捻りであり、先程までのカルヨソのような立場、むしろそれ以上に絶対的な生殺与奪を握っいる状態であった。
「思い出したぞ、アーリカン……カルヨソ……」
闘気をみなぎらせる。ただ巨大なだけではない。その力は神々、そして魔神たちが束になっても叶わず、奸計による追放という手に出たのだ。
ディアボロスはその上層世界での出来事を思い出した。
タケルの言葉も、カルヨソの言葉も偽りではない。だが、事実でもない。
アーリカンは女を誑かす神であった。そのあたりの経緯は、カルヨソの語ったことでおよそ違いはない。だが、アーリカンが追放時に巻き添えにしたという事実はない。追放者以外が世界流しになったのはアーリカンが追放されてから随分と経ってからのことで、ほとんど剣に関わる能力しか持たないアーリカンの仕業とは考え難かった。直近に追放されたのがアーリカンであったことから疑いの声が上がったが、疑うべき要素に乏しいということで排除された。
一方、カルヨソが神々の世界を焼き尽くしていたこともまた事実だ。だが、邪悪な趣味によってというわけではない。神々が作り上げた世界はその世界で神々に祈りを捧げさせることでその力を強めようということであった。戦時中、カルヨソはそのような敵の補給を見過ごすわけにいかず、世界もろとも焼き尽くすことで戦況を優位に進めようとした。しかし戦況が魔神側に傾いた頃、魔神たちは世界を破壊し虐殺したことをカルヨソの独断ということにし、追放した。それをカルヨソは知らされることはなく、罠によって行われた。
どちらもまだゴルダールが上層世界の一部として世界を支えていた頃の話だ。ゴルダールはそのすべてを見聞きし、ただ嘆くばかりであった。
「このような窮地にあってまだ私怨のために争いを続けるとは……見苦しいぞ、愚か者め! 恥を知れ!」
タケルとカルヨソは平伏した。創生の魔神の力は、一柱の神や魔神が歯向かってどうにかなるようなものではない。それは天災のようなものだ。正しく振る舞い、過ぎるのを待つだけなのだ。
「見よ、あれを!」
その声に神と魔神はディアボロスの指差す先を見た。そこには夜の闇を裂いて立ち上る光の柱があった。
「あれが何かわかるか。
あれがどこか分かるか。
貴様らの戯れなど興味はない。 俺の怒りを買いたくなければ、今すぐ戦地へ向かうのだ!」
そう言うとディアボロスは踵を返し、光の柱のある場所――ディエンタールへと歩を進めた。
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