輪転 (2)

ディアボロスが待ちくたびれ、そろそろ眠ろうかと思った頃、爆発音が響いた。ディアボロスがいた位置からするとかなり遠く、かなり強引に突破して走る必要がありそうだった。

ここにきて、ディアボロスは迷った。ディアボロスには、カルヨソを討伐する積極的な理由がない。あくまでタケルがディアボロスの敵であると、そう言っているだけのことだ。

しかし、ここでタケルに乗らず、突入を放棄した場合、タケルはそれを裏切りとみなすだろう。タケルがカルソヨの討伐に成功した場合、今度はタケルとの戦闘は避けられない。道中、敵を瞬殺してきた三人に加えタケルまでもを相手にして勝てるとは到底思えなかった。ならば女たちのもとへ生きて帰るため、ディアボロスに選択肢はないのだ。


気合裂帛、ディアボロスは天高く吼えると拳を突き出し、城壁を打ち砕いた。何事かと駆け寄る兵士もいたが、そのような兵士をディアボロスはちぎっては投げちぎっては投げ、その力の差を見せつけて寄せ付けぬようにした。市民は悲鳴を上げ逃げ惑った。

ディアボロスは不思議な力を感じた。ここにきて、なにかみなぎるような、破壊的な闘気が体を包み込んでいるかのようだった。もはや突き刺さる冷気も気にならなかった。いや、そうではない。のだ。王宮からは炎の柱が立ち上っている。その火の粉は、城壁を越えたディアボロスのもとにも届いていた。

ステンルヒアの城のつくりはディエンタールなどとは明らかに違った。全体を城壁で取り囲んだ街だが、王宮はそこから離れた山岳にあり、麓はさらに城壁で囲まれている。堀もあるのかもしれない。

ディアボロスはただひたすらに走った。ディアボロスの行く手を遮る者はなかった。


熱い。

近づくほどに灼熱の炎がディアボロスを灼く。火の粉が付着した箇所が溶ける。ただの炎ではないようだった。タケルはカルヨソが炎の魔神であると言った。これがカルヨソの力なのだろう。王宮から炎が上がる。戦闘はまだ続いているようだ。急いだほうが良い気がした。ディアボロスは走り続けた。


山を駆け上がる。ディアボロスを包む闘気はさらに増していた。そういえば、アルセエリスとの戦いに向かうときにも唐突に力が漲ってきた。もしかしたら強敵を前にしたとき、ディアボロスの力は目覚めるのかもしれない。そんなことを考えた。 


王宮についた。

駆け上るのももどかしく、ディアボロスは大地を蹴って跳躍した。

目指すは炎の上がる上階。敵はそこにいる。


壁を打ち砕き、乗り込んだ宮中で最初に目に飛び込んだ光景は、白い光に撃ち抜かれるアルセエリスの姿だった。


「エリスッ―――――――!」

アルセエリスは炎に包まれた。身悶え、つんざくような絶叫を響かせるが、もはや打つ手はない。それでもカケルは床を蹴り、アルセエリスに手を伸ばそうとした。だが、立ち上る炎にタケルは弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。そしてあとに残されたのは、溶けて形を失ったなにかであった。


アルセエリスが死んだ。マリーを殺した、あのアルセエリスが、なにがあったのかもわからないまま、ただ死だけを突き付けられた。

「貴様――」

ディアボロスはカルヨソのほうを見た。その体は炎でできていた。燃え盛る炎の魔神。凄まじい圧力と熱であった。

「貴様…… ゴルダールか。こんなところに何のようだ。よもや、そこの無謀な剣神に加担するなどとは言うまいな」

「だとしたら何だと言うのか。カルヨソ、貴様が殺したあの女は、この俺の仇だ。なぜ殺した。やつを殺すことができなくなったではないか!」

「ゴルダール、訳のわからないことを申すな。あの魔王が貴様の仇であるというのなら、俺が代わりにその仇をとった。それでよかろう。むしろ感謝しても良いくらいではないのか」

「黙れ下郎がッ――――!」

突進する。一気のカルヨソとの間は詰まった。だが、本能だろうか。ディアボロスは拳を繰り出す前に、横へと飛び退いた。刹那、セルヨソの前には紅蓮の壁が形成されていた。あのまま突っ込んでいたら、ディアボロスといえど溶けてなくなっていただろう。

成程、タケルが助力を願うわけだ。跳躍による突進を軸としたタケルたちの場合、炎の壁を展開されればみずからそこに飛び込むことになる。相性が悪いのだろう。

見れば、アヤソラの姿がない。既に倒されたのだろうか。だとすれば、遠距離からの攻撃を可能とする二人が先に倒されたことになり、現在の状況はカルヨソの圧倒的有利ということなのだろう。

「オォォォォォ!」

闘気と共に拳を突き出す。打ち出された波動は地を揺るがし、上階もろとも城壁を吹き飛ばした。

「ゴルダール……」

だが、カルヨソには傷一つなかった。

「貴様、なぜここにきた」

「…………」

怒りに任せ力を振るうことに意味がないと、即座に思い知った。いかに攻撃を続けたところで、カルヨソには通らない。カルヨソもそれを認識した上で、戦闘を中断しているのだ。

「―――――ッ」

その瞬間、タケルが切り込んだ。だが、読まれていた。カルヨソが炎の波動を飛ばす。その熱に焼かれ、タケルは墜落した。

「貴様はもとより俺を討つつもり。相違ないな?」

「……その通りだ」

「なぜだ。アーリカンの甘言に惑わされたか」

「……アーリカン?」

「――ゴルダール、貴様、よもや記憶さえ取り戻していないのか? さては、アーリカンにうまく乗せられたか」

「話が読めないな。貴様、何を知っている?」

「何を知っているも何も、単に覚えているというだけのことだ。上層世界でのことをな。それはアーリカン――そこの剣神とて同じことだろう」

「…………」

陥れるためでなく、利用するため謀ったか。予想できたことではあったが、いざそうなれば辛い。

「……俺には守るべきものがある。タケルの求めに否を述べるべくはない」

「アーリカンの力を前に、覚醒を果たせていない貴様は従うより他になかった、ということか。なら良い。見ての通り、もはやアーリカンは倒れるのみだ。その企みは潰える。貴様は安心して帰るがいい。力なき魔神など、ただの民に過ぎないのだから」

ディアボロスは迷った。両者の間にはなんらかの企みがあるのは明らかだ。しかし、何の情報もなくどちらを支持するか決めることはできない。

しかし、ここにいる意味がないことは明らかだった。ディアボロスはまるで戦力にならず、カルヨソはディアボロスに対して戦意を持っていない。ならば、ここは撤退すべきだ。

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