輪転
輪転 (1)
「準備はできたか」
タケルが来たのは寒さも終わりに近づき、このシトラスにも芽吹きが訪れようかという頃だった。
タケルは三人の女を連れていた。うちひとりはアルセエリスであり、残り二人はそれぞれアヤソラとノステラという名前だと紹介された。
「……それでどれだけ戦えるんだか怪しいもんだけどな。まぁ、仕方ないか」
そう言い捨ててタケルは先陣を切った。
タケルたちとディアボロスでは移動速度に差がありすぎたが、行軍はディアボロスの速度に合わせたものになった。タケルの手配はよく、帝国領を越えて西へ行き、そして北へ向かう道中も障害というべきものは特になかった。
ディアボロスはその道中で知ったことがいくつもあった。
まず、タケルは知略に長けている、ということだ。この行軍は正攻法ではなく、詐術を巧みに用いて成り立っている。そして、単なる思いつきのような詐術ではなく、そこに正当性をもたせるように事前に入念に用意されているのだ。
そして、戦闘面でもタケルの態度は裏付けがあったことが明らかになった。「力を分け与えた」というアヤソラの弓とノステラの槍は、ディアボロスが構えをとる前に敵を殲滅する。アルセエリスがいるため、鬼どもが敵となることはそもそもなかったが、厄介な魔獣の群れが相手でもその殲滅はディアボロスが認識するより早く行われた。そしてアルセエリスが討伐した際には、ただ圧力を発しただけで一群が潰れた。以前には見たことのない力であり、タケルが女を抱くことでとてつもない力を与える、という言葉が裏付けられることであった。そして、それを見て明らかなのが、ディアボロスは今のアルセエリスに勝つことはできない、ということだ。それほどまでに、圧倒的な力であり、となればこの戦争においてディアボロスは自身の勝利を信じることが難しくなっていた。
帝国領を越えた北部は、想像よりもだいぶ荒れた地域であった。モンスターの数がとても多く、そもそもモンスターの種別が多い。言ってみれば人間以外による戦争が行われているのであり、非常に凶暴である上、踏み入ったときから既に戦闘状態であることが少なくなかった。
タケルたちの基本的な能力は跳躍であった。凄まじい跳躍により高速な移動と共に自在に間合いをコントロールする。その踏み込みを捉えることは困難であり、敵はなすすべもなくその強力な攻撃を受けることになる。さらに、その跳躍は空中でも可能であり、敵としてはその襲撃を予見するのが極めて難しい。この能力のために、戦闘は基本的に一方的に展開される。
アヤソラの弓は対単体という点で確実に仕留める恐るべき一撃であった。跳躍中でも正確無比な一撃を加えることができ、一撃あたり三から五秒程度の間隔で放たれる。そして、その一撃は「矢が刺さる」というようなものではない。敵に巨大な風穴があき、場合によってはバラバラになる。もはや何を射っているのかもわからないが、とてつもない破壊力であった。
ノステラの槍は敵陣に突入し、敵を薙ぎ払って離れるという戦法が基本のようだった。その突きはアヤソラ同様、敵を穿つ力を持つが、どちらかといえば大きな刃を振るうことによって発揮される斬撃のほうが主体であるようだ。刃は幅も広く、武器自体が斬撃に軸を置いているようだった。しかし、回転を交えながら舞うように繰り出される斬撃は見た目には美しいが、槍自体が全長で二メートルにも及ばないため、殲滅力には欠けていた。
殲滅力、という点では圧倒的なのがアルセエリスである。タケルの力を得たためなのだろう、黒い玉の数はずっと増加しており、その動きも随分と速くなっている。閃光の威力も大地を消し飛ばすほどのものとなっており、敵を一気に薙ぎ払うことができた。そして、圧力を発することで一定の範囲の敵を「潰す」ことができるという力もあり、アルセエリスが討伐に出れば多数の敵であっても一撃で消え去るため、アルセエリスがどのような力を持っているか、ディアボロスは判断することができなかった。
そしてなにより、タケル自身は戦闘に参加しておらず見ているだけであり、その能力は不明なままであった。
タケル同様に、ディアボロスもまた戦闘に参加する機会がなかった。そのためにタケルの女たちの戦闘を観察するくらいのものであった。
呑気なものだが、この道中で見聞を広げることができた。モンスターの修正は野生動物に近いものもあれば、人間に近いものもある。戦い方はそれぞれだが、基本的にモンスターがこちらを襲撃する場合は群れ、あるいは軍勢による襲撃となり、役割も持って襲いかかるためかなり手強い。単に遭遇するだけでそのような戦術的行動を見せないモンスターもいるが、おそらくは知能が低いのだろう。そのようなモンスターの中には単体での力が強い者もいるのかもしれない。しかし現実には、そのような場合アヤソラあるいはノステラが瞬殺するため、そのことを判断する材料はなかった。
また、地理的な要素も興味深いように見えた。この世界の地形は、およそ山、森、草原、湿原、荒野といったものになる。どの世界でもそのようなものではないか、というようにも思うが、その世界の地形は基本的に表情がない。山であればどれも同じような山で、形状こそ違うが特徴がない。かなりの距離を移動しているにも関わらず、森にある木々はどれも同じようなものであり、草原に生える草花も地域を移動しても代わり映えしなかった。
もしくは、かなりの距離を移動している、というのが錯覚なのかもしれない。帝国領は道路も整備され、安全な中を移動したが、帝国領を越えてからは基本的に山や森、湿原など移動しづらい地形が続いており、戦闘も多い。もう何日経ったのかわからないほどの行軍であったが、その体感に反して、生態系の変化が見えるほどの距離を移動していない可能性も考えられた。
不思議なことに北進しているにも関わらず、気候はあたたかくなっていった。シトラスの冷たさとは比べ物にならない。
可能性のひとつとして温暖期を迎えているということも考えられたし、もしくは北部が寒い、というのがこの世界では通用せず、東部が寒いのかもしれない。
だが、そのような状況もステンルヒアに近づくと一変した。急激に気温は下がり、あらゆるものが凍りついている。
「ナナミの協力は得られなかった」
ステンルヒアを前に、タケルはそう言った。
「ここからは一気に突破するしかない。あんたは動きも遅いし目立つ。潜入には向かない。俺達は王宮へ向かう。戦闘が始まったら、混乱に乗じて力づくで突破してこい」
そう言い残すと四人は一気に跳躍し、姿を消した。
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