春雷(4)
「閣下、少しよろしいでしょうか」
メイドから直接に君主に声をかける、などあまりないことかもしれないが、イモサなどにすればディアボロスは息子のようなものであるし、リアナもまた、日頃ディアボロスや女達の世話をしているために、家族のような気安さもあった。
「おぉ、リアナ、ちょうどいいところに。実は相談があるのだ」
ディアボロスはリアナを見ると笑みを浮かべ手招いた。ディアボロスは見た目こそ恐ろしいが、こうしたところは少年のようでかわいい、とリアナは思ったりもする。
「女達のことでな、ちょっと……あいや、すまん。先にそっちの要件を聞こう」
リアナは頭を下げ、さらに少しディアボロスに近づいて小さめの声で伝えた。
「そのお后様方のことなのですが、少しお休みが欲しいと」
「ん、おぉ!俺が言いたかったのもまさにそのことだ。女達には、特にネルラとアオカナには休みが必要だと思っていたのだ。休みが欲しいとな、無論喜んで。なんなりと好きに過ごすといいと――」
「いえ、お后様方は閣下とともに休んで、一緒に過ごしたい、とおっしゃっています」
「……ん?」
「既にネルラ様とアオカナ様がそのために要職の者と調整を――」
「ん?んん?」
「また、ルシカ様とティシャ様はどのように過ごすかの計画をねっておられます」
「ん?んぅ……」
「閣下、お后様方が休まれるためには、閣下が休まれなくてはなりません」
「……そうか?」
「数日の間は休んでいても大丈夫なようにするとネルラ様はおっしゃっていました」
「本当になんと優秀な……」
「閣下、どうぞご決断を」
「いや、そんな未来を決する場面のように言うことでもないと思うが」
だが実のところ、ディアボロスとしては易々と受け入れられる話でもなかった。内政の問題もさることながら、日々訓練を重ねてはいるが、強くなったという実感はない。今なら容易にアルセエリスを下せる、と思えるわけもなく、ましてタケルが敵となれば抵抗できるようにすら思えない。確かな力を手に入れ、女達を守る、それこそがディアボロスにとって最優先の課題であり、一刻も早く成し遂げねばならないのだ。
「気持ちはありがたいが、俺のことは気にせず休めと伝えろ」
ディアボロスはそう言い放ったが、リアナの取り繕う気のかけらもない、呆れた表情を見て思い直した。
「いや、言わなくていい。その顔を見ればわかる。いや、何が問題なのかはわからんが、俺が非常に愚かなことを言ったということはわかる」
リアナは長々とため息をついた。
「待て、失望するには早い。俺は貴様の忠告に従い、素直に休暇をとって女達と過ごすべきだ。その通りだな?」
「…………ええ、そうですね」
完全に棒読みだった。
「待て、待つんだ。そう、昨日もイモサに女心が分からないと愛想を尽かされると言われたのだ。きっとそういうことだ。そうだろう?」
「わたくしは、閣下がそこまでご理解なされているのに、お后様のお心が理解できないことが理解できません」
「難解なことを言わないでくれ、リアナ。俺は昔から仕事一筋、女遊びはできても女房に気の利いたことひとつ言えないような男なのだ。人には得手不得手というものがあるだろう」
「ん……?」
リアナが眉をしかめた。その意味はディアボロスはすぐには理解できず、けれどリアナは何事もなかったように居住まいを正した。
だが、その時、気づいた。
「俺は、何を言った?」
リアナは、言うべきか言わざるべきかとたっぷりと迷った上で、
「閣下の、昔のことを少々」
とだけ答えた。そして長い沈黙が支配したが、ディアボロスは一言
「日程は任せる。今夜に伝えよと、言っておいてくれ」
と言ってその場を去った。
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