炎上(4)

戦場に到着すると、ディアボロスが想像したよりはずっとしっかりした兵列が出迎えた。だが、思えばディアボロスはこのような軍勢を見たことなどなく、数えれば千もいるのかは怪しいようだ。さすがに城の守護を担う騎士であるリクリエが前線に残るということはなかったが、部隊指揮に騎士の姿がちらほらあり、兵力としては相当厳しいようであった。

「状況は」

ディアボロスは総指揮を取る騎士に尋ねた。ディアボロスの作戦行動はディアボロス自身によって決めるということで、この騎士と作戦を練ることとなっていた。

「敵はまっすぐ街道をこちらへ向かっているようです。数は二千以上と」

「こちらは?」

「七百を割っております」

思ったよりも厳しい。だが、ディアボロスが敵部隊と接触すれば簡単に覆る数であった。

「では俺が先行して敵を叩く。貴様らはここに留まり、逃れた敵を迎え撃て」

「えっ!しかし…それでは…」

「正面の敵が陽動である可能性を考えろ。守りが手薄な今、進軍して挟撃されたり、俺達をおびき出して攻城を狙われたらどうする」

「な、なるほど…ならばいくらか兵を同行させましょう」

「不要だ。俺の近くに味方がいれば邪魔になる。近づく者はすべて消す。それだけだ」

およそ作戦と呼べるようなものではなかったが、実際にディアボロスの圧倒的な力を前にそれ以上意味のある作戦らしきものはありようがなかった。部隊に兵たちに困惑と沈黙が広がる。

「行くぞ。思い知らせてくれる」


城ではさながら重戦車が踏み潰すかのような戦いを見せたディアボロスだが、その動きは素早かった。人には到底捉えられないような速度で大地を蹴り、駆ける。轟音を響かせながら土埃を上げる姿とその気迫は、まるで特急装甲列車であった。

敵の姿を捕える。ディアボロスは足を緩めることなく、そのまま敵陣へと突撃した。

「ウォォォォォォォォォォォ!」

咆哮とともに敵をなぎ倒す。敵にぶつかれば腕を振り、蹴り上げ、掴んだものを叩きつけた。敵は弾き飛ばされ、弾け飛び、あるいは千切れ飛び、たちまち大地は血の海となった。

「さぁぁぁぁ来い!俺に歯向かったこと、後悔させてやろう!」

掴んだ残骸を大地に叩きつけて吠える。だが、敵に動揺こそ見えたものの、襲撃を予想していたと見えてすばやく後退し、大きく包囲するように展開した陣形へと立て直した。

「フンォッ!」

だが、ディアボロスが大地を叩くと、その衝撃で体が浮き、その体勢が乱れる。隙ありと、ディアボロスは再び加速し、正面の敵をぶち破った。

あとは簡単な話であった。踏み込みながら右、左、右、左と拳を振るうだけで、水風船を叩き割るがごとく敵は砕け散り、あたりに血が舞う。ウロボロスがその尾を飲み込むが如く、包囲は端からディアボロスの暴力の餌食となっていった。しかし――

「っ!ぐぉっ…」

ディアボロスが踏み込んだ瞬間、閃光、そして遅れて爆音とともに敵兵が吹き飛ばされた。ディアボロスは吹き飛ばされはしなかったものの、体に衝撃が走った。

自らの体を確認しようとすると、大地の淡い光が目に入った。

(これが…魔術か!)

爆発。ディアボロスにはどれほどの規模なのか確認はできなかったが、爆薬で吹き飛ばすほどの威力の爆発であった。再び敵に襲いかかろうとしたとき、ディアボロスの体に二度、三度と衝撃が走った。

「ぐぉぉ!」

痛い。それは叩きつけるような、焼き付くような、確かな痛みであった。だが、それだけだ。ただ、痛みが走るだけであった。

「くっ…ん?」

背中にかすかな感触を感じる。振り返ると、敵兵がディアボロスの背中に斧と剣を突き立てていた。

だが、それは皮膚をわずかにも削ることはなく、ただ体にあたっている、それだけであった。

「くぅおぁぁぁッ!」

回し蹴り。突き立てていたはずの刃がそれ、体の崩れた兵たちはそのまま跡形もなく砕け散った。

「今のが切り札か…貴様らに希望はないッ!」

ディアボロスの拳が敵陣を抉る。


その頃本体は、圧倒的な数の敵部隊と交戦していた。

ディアボロスの予想通り、正面の部隊はわざと歩を遅らせた陽動部隊であり、多くの兵がディアボロスの進撃を迂回し、本体に襲いかかっていた。

だが、ディエンタール軍は決して圧されてはいなかった。ディアボロスが駆け出したとき、人とは異なるその圧倒的な力に、そしてそのような存在が自国の守護神であることに鼓舞され、士気が高かったのだ。そして、ウィスガフ兵はそのディアボロスの姿に震え上がり、多くの兵を見捨てる後ろめたさと、ディアボロスが襲いかかる恐怖によって浮足立っていた。

ディアボロスを包囲した敵はおよそ千。正面部隊から離れた部隊を含め合わせて三千近い兵に三方包囲されたディエンタール軍であったが、今や趨勢は完全にディエンタール軍に傾いていた。

「一匹たりとも城に近づけるな!」

隊長の檄が飛ぶ。ウィスガフ軍が数の多い騎兵を翼状に展開するフランキングによって圧倒的有利をとっていたはずだが、ディエンタール軍は弓兵がその頭を抑えたところを騎兵が突き崩し、より固く構えた歩兵が侵攻を食い止めた結果逆にウィスガフ歩兵がディエンタール騎兵の攻撃を受けることとなった。

もしここで壊滅しようものならば国が滅ぶ。早くも戦列がガタガタになったウィスガフ軍は、ディアボロスの襲撃を考えても撤退するのが最善であるのは明らかだったし、ウィスガフ指揮官もそのように考えていた。だが、ディアボロスを迂回して襲撃した以上、撤退すればディアボロスを突破しなければならず、もはや絶望的な状況であった。そして、そんな絶望的心理と指揮の迷いが戦列を立て直すことすらできず一方的な展開を許していた。

「押せぇー!押せぇー!」

一方のディエンタール兵からすれば、歩兵戦で耐えるだけでディアボロスが加わるため、あとは犠牲を最小限にするだけで必勝であった。そのさらなる士気の向上が、さらに戦闘を加速させていた。

その時、雲ひとつなく照らされた戦場に影がかかった。素早く動く、無数の影。敵味方問わず、空を見た。

「なんだ、あれは…」

それは飛翔する、無数の人にような「なにか」の姿であった。


ディアボロスは走っていた。

この世界に生まれて以来、ディアボロスは目が利く。はるか遠くから飛来するその姿を認めていた。その姿は、全く鬼のようであった。

ディアボロスは直ちに、転がっていた斧を投げつけた。それは命中し、一体を撃墜した。それを見て六体ほどがディアボロスに向かってきた。それ以外はすべて、そのままディエンタールのほうへと飛んでいった。

ディアボロスは一瞬迷ったが、その鬼に拳を叩き込んだ。感触が違った。人を殴るときには豆腐のような感触であったが、それはサンドバッグのように重い手応えがあった。そして、砕けることもなかった。倒れはしたが、力なく吹き飛んだわけではなく、倒れ込んだのだ。

警戒したか、残る五体は飛翔し、距離をとった。滞空はできないのか、手の届かないところにとどまるということはない。だが、「上に避ける」という方法があり、また「上から攻撃する」という方法があることで容易には仕留められない。

だが、ディアボロスには速度があった。駆け出す。一気に加速し、拳を突き出す。重い衝撃。大地を強く踏みしめ、腕を振り抜く。鬼の体を突き破った。

距離を取られまいと再び加速する。鬼の体を抱えたまま回り込むように走る。振り返る鬼がスローモーションに見える。穿った鬼の体を叩きつけ、さらに蹴りを叩き込んだ。

残り三体。だが、ディアボロスを包囲するように距離をとった鬼は、一体ずつこうして倒すよりほかになく、時間がかかりそうだった。ウィスガフ兵もまだいくらか残っているが、戦意はもはや全くなさそうである。

鬼とのにらみ合いの末、ディアボロスはディエンタールへ向けて走った。道を阻む鬼の一撃で打ち倒し、さらに加速して走った。景色が歪む。途中、両軍が衝突する場に遭遇したが、構わず、ウィスガフ兵をいくらか弾き飛ばしながらひたすらにディエンタールへと走り続けた。

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