炎上(3)

宿に帰る頃にはマリーも覚悟が決まったのか、自ら服を脱ぎ、ディアボロスに体を委ねた。経験のなかったマリーは、何度も絶叫しながらもディアボロスを受け入れるため耐えた。

終わった後にはしばらくは複雑そうな顔をしていたが、しばらくすればまたいつもの冷静な姿に戻っていた。

「マリーの話も聞きたいな」

「え?」

「リクリエが来てマリーの話は聞けなかった。聞かせてくれないか」

「わたしのお話ですか…おふたりのように、取り立ててお話することもないのですが…」

マリーは肌を晒したまま、ディアボロスの隣に座った。ディアボロスの隣に座る、ということ自体が今まであまりなかったので、あるいはそれがマリーの意思表示なのかもしれなかった。


「もう既にご存知かと思いますが、わたしはセルトハインの家の長女として生まれました。長く子宝に恵まれなかったそうで、お父様、お母様にも、お祖父様にも、とてもかわいがっていただきました」

「わたしが小さい頃はまだ先王がご健在でして、お祖父様と陛下の仲がよろしかったこともあり、陛下にもかわいがっていただきました」

「わたしが九つのとき、現第一王女がお生まれになりました。そして十一のとき、お祖父様が、わたしに、殿下の身の回りを任せたいという話があるということを告げられました」

「お城での暮らし、というのは憧れるところもありましたけど、お祖父様はわたしに、よく考えるようにおっしゃいました。これは遊びではない、というのです。今のままこの館に留まれば、領主の一族として、領内の統治に携わることとなります。しかし、城にいけば、わたしは国のための存在。もしものときには、わたしを差し出すこともあるだろうと」

「お父様とお母様は反対しました。お祖父様が陛下と仲が良いとはいえ、そのようなことをする必要はないと仰るのです。お祖父様は、わたしはこの館にとどまるような器ではないとおっしゃいました」

「結局、わたしはお城に参りました。それより五年と少々、わたしは両殿下のお世話係として、お城にお仕えしておりました」

「陛下より直接に、ディアボロス様に尽くすよう命じられた際には、いよいよそのときが来たのだと思いました。あとは、ご存知の通りです」


「来歴としてはわかったが、確かにそれはあまり面白くない話だ。なにより、だいたいのところ知っている」

「…はい。申し訳ございません」

「そうではない。俺はマリーのことが聞きたい。好きなことはなんだ?子供の頃好きだったことは。城での楽しみは」

「…え?」

マリーは目をぱちくりぱちくりさせ、ディアボロスを見つめた。

「どうした?」

「いえ、あの…それ、本気だったのですね」

「ん…?」

意味がわからない、というようにディアボロスはマリーを見つめ返した。

「なぜだ?俺が冗談で言っていると思ったのか?」

「冗談というか…わたしを甚振る前に気遣ってくださっているのかと」

「なぜ貴様はそうも俺にひどい目に遭わされるように言うのか…そんなつもりはない。俺はマリーをそれなりに好いているのだ。リクリエも、マリーが俺の好みの女だと言っていただろう」

「…………それ、本気で仰っているのですか?」

「…俺が冗談を言うように見えるか?」


その夜、遅くまでふたりは寄り添いながら言葉を交わした。

マリーは好奇心旺盛で、女ながらに様々な国を渡り歩き冒険することを夢見て日々妄想に暮れたこと、勇敢で美麗な冒険者が城から連れ去ってくれる夢を見ていたこと、城の魔術師たちの好奇心ではしゃぐ姿を眺めるのが好きだったこと…様々なことを語った。

その話を聞きながらうなずくディアボロスの表情は、どこか優しげであった。


マリーと初めての夜を迎えた翌朝は、爽やかな目覚めとはほど遠かった。マリーがいつものようにお茶を用意していると、激しくドアを叩く音が響いたのだ。

「ディアボロス様!」

リクリエは今までみたこともない、憔悴した表情であった。そしていつもと違い、その装いは重装である。

「どうした」

「隣国、ウィスガフが侵攻してきます。ディアボロス様、どうぞご助力を…!」

すぐに冷静さを取り戻したかに見えたリクリエだが、その言葉には焦りが滲んでいた。

「そんな…どうして…」

マリーもショックを受けているようだったが、ディアボロスは事態を把握していなかった。

「マリー、簡潔に説明しろ」

「……ウィスガフとは、同盟関係にあります。ウィスガフ家には、陛下のお姉さまが嫁いでいるのです…」

マリーの言葉を聞いて驚愕の意味を理解する。戦闘の状況よりも、その事実に驚いているようだ。

「なるほど…裏切りか。戦況は」

「接敵まではまだしばらく時間がありますが、戦力差はかなり大きく、このままでは…」

ディアボロスの問いにリクリエが顔をしかめる。その様子から相当に厳しい状況が窺えた。あるいは、先のディアボロスとの戦闘で戦力と言えるようなものは残っていないのかもしれぬと考えた。

「わかった。出よう」

「…!ありがとうございます!」

リクリエは膝をついて礼を示した。ディアボロスは軽く手をふると、マリーに向き直った。

「マリー」

「はい」

「アオカナとルシカを頼む」

「承知いたしました」

マリーが深く頭を下げる。

「…どうか、ご武運を…」

「……俺のことを案じる必要など、ない」

そう応えると、マリーに背を向け、扉へと歩を進めた。

「…いくぞリクリエ。この俺に歯向かうことが何を意味するのか、裏切り者に存分に刻み込んでくれる」

「はっ!」

リクリエがそれに従う。マリーの目にその姿は、いままで側にいた尊大だが優しげな巨人ではなく、得体の知れぬ空恐ろしい悪魔のように見えた。

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