第40話 夢の続きのそのまた続き
アナヤの家から帰ったエトピリカたちは、海賊船内のいつもの倉庫へと向かった。
時間帯は夜であり、大人達は酒盛りに出ていて静かだった。
暗く非常灯しか灯っていない館内通路。エトピリカは積み荷の木箱に躓いた。
「エトピリカ、大丈夫?」
「平気さ。ベックさんに騙されてお酒を飲まされたから、まだ少しふらつくくらいかな」
「全然大丈夫じゃないね」
「アナヤと話していて酔いは覚めたかなと思ったんだけれど、お酒って大変だね」
「エトピリカにはまだ早いもの」
「こんな事も生まれ故郷の星に居たら体験出来なかったかもね」
エトピリカは生まれた星の事を思い出す。その日食うことのみに躍起になって生きていた。
「お酒はいずれ飲む機会はあったかもよ?」
「そうかもね。…前は生まれた星を出ることが夢だった。今はそれが叶い、もっといろんな星を見てみたいと思うようになった。いつか地球も見てみたい。僕は今幸せなのかな。夢ってこんなに次々と変わっていくものなのかな?」
エトピリカはメイデンにはにかんだ。
「夢は一つだけって誰が決めたの? いくつあっても良いでしょ。次々叶えちゃえば?」
「きっとやっぱり僕は幸せなんだろうね。ずっと願っていた事が叶ったのだから。ようし、これからもがんばるぞ!」
「その意気その意気」
メイデンも笑顔を作った。
いつもの倉庫に辿り着く。木箱にシーツをかけただけの粗末なベッド。エトピリカは腰掛けた。
「でも…この海賊団はこれからどうするんだろう。軍の機密情報を手に入れたみたいだけれど、何をするつもりなのかな」
メイデンがエトピリカの難しい疑問に演算を行う。
「海賊団の戦力で軍とことを構えると思えないから、背後に何らかの組織があるはず。もしくはもっと大きな展望で動いているのかも。軍から追われるリスクを追ってまでして機密情報を入手するくらいだもの。見返りもそれなりに無ければ動かないはず。不確定要素は海賊団が義賊的活動をしている可能性。単純に軍の不正を暴くのが目的だと話は変わってくる」
メイデンは即座に回答を出した。
「じゃあ先々がどうなるかはまだハッキリしないってことだね?」
エトピリカはメイデンの話が半分くらいしか理解できなかったようだ。
「お金に換金できない事はしないと思う。情報が少ないから私にはわからないわ」
「そっか。この星を離れるんだろうなぁ。次は何処へ行くんだろう」
「危なくない場所だとイイね。この海賊団は好戦的過ぎるもの」
「僕、もっと強くなるよ。どんなところでも生きていけるくらいに」
エトピリカはベックに励まされた事を思い出した。エトピリカの理想の人間像は今やベックだった。強い大人の男になりたい。その願望が少年を強くする。
「無理しちゃヤダよ。健康管理も大事なんだからね」
メイデンには所有者の健康を気遣う機能がついている。持ち主のエトピリカには知らない事であったが、脈拍や体温測定は毎日行っている。
メイデンのモニタニングによると、エトピリカの栄養状態は劇的に改善されていた。それは望ましい事であったが、所有者の政治状態は極めて劣悪のステータスとなっている。反社会的勢力に所属し、軍に追われているから仕方がない。
本来アンドロイドは軍に従順であるよう作られるものであったが、メイデンは裏社会側が作った製品である為、軍のために動くことはない。そのことはエトピリカにとって幸いだった。突如アンドロイドが反旗を翻し、所有者を軍に突き出す事も考えられたのだから。
「ようし、食べたら運動しなきゃ!」
エトピリカは床で腕立て伏せを始めた。どこでもできるトレーニングとして、ベックに勧められていたのだ。
「…何も今始めなくてもいいのに」
メイデンはエトピリカともっと話をしていたいようだった。宇宙に出れば日頃の作業で忙しく、中々会話もままならないのだ。
「ベックさんと約束したんだ。基礎トレーニングは毎日欠かさずやるんだって。だからサボれないよ」
エトピリカはそう言いながら、熱心に腕立て伏せを続けた。
「…」
メイデンはエトピリカの邪魔をするまいと無言になった。
倉庫内に少年の息遣いだけが聞こえる。それは体力の無い子供の、見様見真似でやっている腕立て伏せ。勢いで屈伸しているし、頑張ろうとついハイペースになってしまっている。これでは効率が悪い。
それでも少年は少年なりに頑張っていた。
持たざるものとして、これ以上虐げられるのは嫌だったのだ。
誰かに助けられてばかりも嫌だった。周りに迷惑を掛けている気分になる。だからエトピリカは力を欲した。困難を乗り越える強さを。知恵を。
それは力の渇望。力の信仰だった。少年はまだ、人の力には限りがある事を知らない。がんばればどうにかなるものだと考えている。その程度には、まだ幼かった。
メイデンは黙って見守る。メディカルチェックはやっているので、オーバーワークになれば止めることだろう。
水の惑星での一日は静かに過ぎていったのだった。
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