第37話 海賊団の帰還

 エトピリカはベックとよくつるむようになっていった。ベックは待機中は常に体を鍛えているし、エトピリカにはメカニックの仕事がある為に日中は一緒には活動できないが、仕事上がりの鍛錬の際はベックに付き合ってもらっていた。

 基礎体力をまずは付けろと言う話となり、エトピリカは堅実なトレーニングをこなしている。実践的な戦闘訓練はまだない。

 そんなこんなで過ごしていると、あっという間に数週間は過ぎていった。そうして海賊団の本拠地に到着した。

 蒼き星、タラッサ。ギリシャ語で海を意味する名を与えられた水の惑星。陸地はほとんど無く、小さな諸島や海上都市が主な人の住処となっている。人工は少なく、圧倒的に広い漁場を活かした産業を中心として社会形成されていた。この星の人々の主な収入源は冷凍された魚を他の惑星に輸出すること。ゆえにとても貧しかった。エトピリカの故郷と比較してもなおこの星は貧しかった。

 海賊団の宇宙船が大気圏突入する。分厚い大気との摩擦で船は熱を持つ。この間船員たちは皆待機となる。

 宇宙船は飛行モードで巡航を開始した。重力圏内の航行も当然可能だ。彼らの目的地は海上都市ではなく自然の島。それはとても小さな島だった。真水の確保も困難で雨水だよりであり、植生も低木クラスの植物しか生えない不毛の地だ。

 この星の人々は常に貧困に喘いでいた。だからなのかもしれない。この星の人々が宇宙海賊を始めたのは。危険の大きい非合法活動。しかしそうせねば彼らは生きていけなかったのだ。

 マムを首領とする海賊団はマクティラ団と名乗っていた。比較的アクティブに活動する武闘派集団として知られている。彼らの本拠地もまた貧しかった。

 宇宙船は小さな小さな島へと降り立つ。ゴゴウンと言う音と共に着陸した。

 彼らが強奪してきたのは物資では無く情報だった。その為に搬出するようなものは無い。エトピリカも特に仕事を与えられる事はなく、ただ船内待機が言い渡された。

 島の住居では手狭な為、宇宙船暮らしをしているものもいた。翁もその一人であるが、翁は船を降りて島に一軒しかないバーを目指していった。

「ねぇ、エトピリカ。私達も島の中を散策してみない?」

 エトピリカを船外に誘ったのはメイデンだった。彼女のデータベースにも星の情報はほとんど無い。めぼしい観光名所はあるわけがない。

「僕らは船にいるように言われているから駄目だよ」

「船の中だけにいたら体に悪いよ。許可もらっていこーよ!」

 エトピリカにも島のことが気にならないわけではなかった。生まれて初めての出身惑星以外の星である。

「そりゃあ僕もこの星を見てみたいけどさ」

「じゃあ決まりね!」

 メイデンは所有者のヘルスケアも行う。引きこもり暮らしは推奨していなかった。ゆえに積極的に所有者のエトピリカを外に連れ出そうとするのだ。

 マムはすでに下船した後だったので、許可をもらうのに時間がかかった。特にエトピリカが新参者だったのが大きい。誰か同行者がいれば問題ない事となった。

 翁もすでに船から降りていない。後は頼れるのはベックだけだった。

 ベックはいつも通りに船のトレーニングルームにいた。

「何だお前ら。この星を見て回りたいのか」

 エトピリカとメイデンが頷く。

「たまには船内食以外の物もエトピリカに食べさせたくて」

 ベックは話をしながらベンチプレスをしている。

「この星は魚介類しかないぞ。野菜なんか超高級品だ。かろうじて海鳥の肉が手に入るくらいか。それでもいいなら案内するがよ」

「すみません。お願いします。ベックさん」

 エトピリカは深々と頭を下げた。

「それは良いってことよ。なら今日は俺の奢りだ。ガキの頃から喰い慣れているこの星の料理を紹介するぜ! 普段は飽きているが、長い航海から帰ってきた時は恋しいもんだ」

 ベックはタオルで顔を拭きながらそう言った。

 こうしてエトピリカ達は宇宙船を降りた。

 外は青い空と海がどこまでも広がる絶海の孤島。雲以外は皆青いんじゃないかと思えるくらいの蒼き星。だが、それはエトピリカには新鮮だった。殆どが荒れ地の星の出である。空気の湿度の違いも気になった。エトピリカの星は空気が乾いていたのである。…だから今はとても蒸し暑かった。

「うわー、凄いや! 宇宙ってこんないろんな星があるんだね!」

 エトピリカは感動していた。初めて見る景色、感覚。だからこそ同じように青い星と言われる地球に俄然興味が湧いてきた。人類発祥の地とはいかがなものなのかと。

「この星は人の住める場所はほとんどない。この島はマムの所有物なんだ。この島の連中は皆家族みたいなものさ。俺も拾われてこの場所にやってきた」

 ベックが島の中央を見ながら言った。そこには小高い丘があり、何軒もの家が建っていた。

「………みんな家族」

 エトピリカには馴染みのない言葉だ。家族なんて知らない。気がついたら親に捨てられていた。だが、その言葉には憧れを感じていた。

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