第41話 メイデンの家出

 翌日。エトピリカが目覚めた時、メイデンはいなかった。書き置きが一つおいてある。そこには「最近構ってもらえないので、家出します。かしこ」と書いてあった。

 疑似恋愛にもリアリティを求めた創造者である技術屋の、無くても良い付加価値によるイベントだった。技術屋は己の求める理想のために、ユーザーの利便性というものを無視したようだ。

 所持者にはた迷惑な製造元からのサブライズイベントに慌てたのがエトピリカだった。

 慌てて艦内を探すが、彼女の姿はどこにも無い。

 途中でベックと遭遇した。

「何だ、エトピリカ。そんなに慌ててどうした?」

「メイデンが家出したんです!」

「アンドロイドが家出だとぉ!? そりゃあ随分と変わったやつなんだな。この星なら行けるところは限られている。すぐに見つかるだろうさ」

 ベックはさして問題視していないようだ。それもそうだろう。惑星タラッサは海洋の星。マクティラ団の宇宙船はその中の島の一つにいるのだ。どこにも行けやしない。

 エトピリカは宇宙船の外へと駆け出した。島を探せばメイデンはいるはずだ。

 しかし、海岸を歩いていたエトピリカは目論見が外れたことを知る。

 船着き場で途方に暮れている老人がいた。

「困ったぞい。大事な船が……」

「どうしました、お爺さん?」

「なんじゃ? 見かけぬ坊主だな。わしの船を盗んだ女の知り合いか?」

「どういう事です?」

「どうしたもこうしたも、見知らぬキレイな女が船を盗んで、双子島の方へと行きおった。エトピリカが悪い! とか言っておったな」

 間違いなくメイデンのようだった。

「双子島!? どこなんですか!」

「あっちじゃ。岩礁が多く、地元のものは近づかん島じゃ」

 エトピリカは老人から話を聞くやいなや、近くの漁船に乗り込んだ。そして沖に出る。

「なんじゃ? あやつも船泥棒か! まて、戻らんか!」

 老人が岸で騒いでいるが、エトピリカは気にも止めずに双子島を目指した。

 双子島のそばには岩が多く、乗り上げたら船は転覆するだろう。

 アンドロイドは家出先に追うのが難しい場所を選んだものだ。ユーザーが簡単には追いかけられない所に行くように設定されているのだ。所持者の愛が試される。性玩用のアンドロイドを愛する者がいるのかは別として。

 しかし、危険を顧みず追いかける者はここにいた。エトピリカは決死の思いで双子島の海岸にたどり着く。そこには既に船が1隻着岸していた。メイデンが乗り付けた船だろう。

「おーい、メイデン。出てきてよー!」

 エトピリカが大声で島に呼びかける。しかし、反応は無かった。島の奥まで入り込んだのだろう。島はそれほど大きくは無い。探せばすぐに見つかる。そう思ったが……。

 エトピリカは島をぐるりと回ったがメイデンを見つけられなかった。

 あとは島の中央の円錐型の山があるくらいだ。エトピリカは島の中央を目指した。

 山を登り始めると、地面に足跡が付いていた。山頂を目指しているようだ。

 エトピリカは足跡を追った。茂みを掻き分け、枝を振り払い先に進む。

 人は立ち入らない島なのだろう。森は手入れされていない。草も生い茂る。ただ、少なくとも危険な動物はいないだろう。陸には、であるが。海の中は海獣だらけで危険なのだ。陸地の少ない惑星タラッサでは陸上生物は進化しなかった。

 エトピリカは一心にメイデンを追いかけた。最近はベックに教えを乞うてばかりで、ろくにメイデンの相手をしていなかった。だから申し訳なく思っていた。

 少年はこれまで孤独だった。だから人に離れられるのに慣れてはいなかった。ゆえに、メイデンの家出作戦はエトピリカに効果てきめんだった。エトピリカは大いに狼狽えている。楽しめるような内容ではないが、ユーザーには多大な影響を及ぼす突発イベント。これを仕掛けた技術屋がエトピリカを知れば、技術屋冥利につきる事だろう。エトピリカは己の所業を深く反省しているのだから。

 やがてエトピリカは山頂に辿り着いた。山の岩肌が剥き出しになっている。近くに植物は生えていない。何故であろうか。しかし、エトピリカはそんな違和感には気が付けなかった。

「あれっ、ここにもいないや。どこに行ったんだろう」

 メイデンの姿は無かった。もう山は降りてしまったのだろうか?

 ふと、エトピリカは色の違う岩盤を見つけた。周りの岩となにか雰囲気が違う。

 エトピリカがその岩に手を触れると、岩盤はゴゴゴゴと動き始めた。

 中は洞穴となっているようだ。流石にエトピリカは中にはいるのを躊躇ったが、洞穴の入り口にまだ青々とした折れた木の枝が落ちていた。メイデンが落としたのだろうか。ということは、彼女はこの奥と言うことになる。

 明かりがないので中は真っ暗だ。メイデンはアンドロイドだから気にせず潜っていったのだろうが、エトピリカにはそうも行かない。

 やがて少年は決心し、洞穴の中に入っていった。

 少年が中にはいると、入り口の岩盤は再び音を立てて閉じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る