第10話 犯罪組織と運送会社

 ならず者の男が膝をガクガクさせながら立ち上がった。

「テメーラ。自分たちが何をやったのかわかってんだろうな。そこの男。何ものだ?」

「お前のようなゲスに名乗る名などない」

 サングラスの男は作業着を着ていた。その作業着には『ブルーバード運送会社』と書かれている。ならず者が目ざとくそれを見つける。

「ブルーバード運送会社か。テメーの面も覚えたぞ!」

「あぁ。俺が経営する運送会社だ。仕事の依頼ならいつでも受けるぜ」

 サングラスの男は豪快に笑った。

「なめやがってよぉ…ドミナント レイダースの名にかけて、テメーの会社もぶっ潰す!」

 ならず者の男はギラついた視線を運送会社の男にぶつける。圧倒的な敵意。運送会社の男は余裕で受け流した。

「俺は人様に迷惑をかける連中は許せないたちなんだ。この喧嘩、ブルーバード運送会社のヨギ様が買ったぜ」

 サングラスをかけた運送会社の男はヨギと名乗った。

「ヨギ。テメーはこれから安心して眠れる日はこねーぞ? 覚えとけ!」

 ならず者の男は凄みながらもすごすごと逃げ帰っていく。素手での殴り合いは分が悪いと踏んだようだ。何せヨギは筋骨隆々の大柄の男だった。

「逃げていったか。俺の事などすぐに忘れてくれれば良いがな」

 ヨギはやれやれと呟いた。

「ヨギさん。ありがとうございました」

 エトピリカがヨギにお礼を言った、

「大丈夫か坊主」

 ヨギがエトピリカの姿を見る。頬には痣ができ、手には擦り傷ができていた。

「エトピリカ。大丈夫?」

 メイデンも心配そうに見てきた。

「そっちのお嬢ちゃんは無事なようだな。しかし坊主も無理をするもんだ。女の子を庇おうとしたのは褒めておく」

 メイデンを庇ったときのエトピリカは脚が震えていた。それでも懸命に暴力へと立ち向かおうとしたのだ。

 貧困には暴力がつきものだ。社会悪の全てがスラムへと流れてくる。少年は幼くしてこの世の穢れの大半を見てきた。

 その上でなお、少年にはまだ明日を夢見、空を見上げる心がある。

「でも、ヨギさんが来なかったら危なかったです。ありがとうございました」

 エトピリカは重ねてお礼を言った。

「いいって事よ。ほら、あのチンピラがまた戻って来ないうちにここを離れるぞ。怪我の手当をしてやる。こっちへ来な」

 ヨギが率先して歩く。エトピリカ達は慌ててヨギの後を追った。

 ヨギは宇宙港の中に入っていく。

「ヨギさん。ここは宇宙港ですよ?」

 メイデンがヨギに尋ねた。

「あぁ、俺は宇宙船でこの星に来たんだ。この星の者ではない」

 ヨギはスタスタと歩いていく。エトピリカはヨギに興味津々だった。怪我のことすら忘れている。

「ヨギさんはどこから来たんですか!地球?」

 エトピリカがヨギに質問をした。彼が地球から来たのか尋ねた際に、ヨギは笑った。

「まさか!俺はエリート生まれでは無いよ。もっと辺境の星の生まれさ。何だ坊主。地球に興味があるのか」

「うん。水に溢れた青い星だって教えてもらった。いつか地球に行ってみたい!」

「ほう。あの星は地球帝国の本拠地だ。行くのは厳重な許可の果てだぞ」

 地球は今、戦争の只中にあった。銀河連邦と地球帝国の戦争は十年目を迎えていた。

 戦時下の地球は厳戒防衛拠点である。素性のしれぬものなど入れなかった。

 ヨギは一隻の貨物船に乗り込む。彼の仕事用の宇宙船だった。

 エトピリカは生まれて初めて乗り込む宇宙船に興奮していた。

 ヨギが救急キットを持ってくる。消毒液と絆創膏でエトピリカに簡易な手当を済ませた。

「…どうやったらヨギさんみたいになれますか?」

「どういう意味だ?」

 ヨギはエトピリカの質問の意図を捉えそこねた。質問が漠然としすぎていたのだ。

「僕、宇宙船に乗って旅をするのが夢なんです。どうしたらなれますか!」

「夢、か。若いな。必ず実現しようと言う意気込みがある。いいか。大事なのは諦めない心だ。俺も初めはこんな大きな船ではなかった。短距離小型輸送船で宇宙ステーションに物資を運ぶ仕事から始めたんだ」

 ヨギはコーヒーを淹れてくれた。コーヒー豆も地球生まれだ。他の星でも育つが、わりと高級品だった。

「短距離小型輸送船…」

 メイデンが輸送船を検索し始める。値段は一軒家を買うのと同じくらいの価格だった。中古の古い建造艦ならなんとか手が出なくもなさそうだった。

「いきなり完璧に夢を実現するのは難しい。しっかりと足掛かりを作りながら前進するんだ。そうすればいつかは叶う」

 エトピリカが貧困層でなければ、たしかに可能性はあっただろう。然し極貧生活を送っている限りは叶う日など来ないだろう。

「わかりました! いつか必ず実現してみせます!」

 漠然とした夢を描いていただけの少年には、夢を実現する為の道しるべを得ただけでも希望になった。

「運送屋はいいぞ。どの宙域にも出入りできる。いろいろなところにも行ける…」

 ヨギとエトピリカが話し込んでいる間、メイデンは暇だった。貨物船の窓から外の景色を眺めていた。

 だから最初に気がついた。

 メイデンの視力は人間より遥かに良い。

 宇宙港に先程のならず者が仲間を連れて押し掛けて来ているのだ。

 狙いは真っ直ぐに、エトピリカ達がいる宇宙船だった。どうやらあとをつけられていたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る