第11話  天に帰るもの

 ガラの悪い男達がコンテナの置かれた滑走路を素通りしてくる。狙いは確実にエトピリカ達のいる輸送船だった。

 ヨギが窓から外を見る。

「あいつ・・・仲間を呼んできたのか。面倒な事になったな」

 同じジャケットを着込んだ連中。ドミナント・レイダース。彼らは数に任せて押し寄せてきている。手には鉄パイプなどを手にしているので、穏便に済ませようという気が無いのは明白だった。

「ヨギさん・・・どうするんですか・・・」

 エトピリカが不安そうにヨギの顔を見上げた。

「なぁに・・・商売道具でちょいちょいと片付けてやるさ! 君達は裏手の連絡通路から逃げろ」

「でも・・・」

「俺なら大丈夫だ。商売の都合上、荒事にも慣れている」

 ヨギはにかっと笑った。


 エトピリカとメイデンが宇宙船の裏手の連絡通路から外へ逃れる。表ではドミナント・レイダースの輩が押しかけてきていた。

 ふいに騒がしくなる。叫び声をあげているのはドミナント・レイダースの連中だった。

「幸せを運ぶ運送屋、ブルーバードにお任せだぜ!」

 そう叫んでガンポッドを乗り回すのはヨギだった。球体の運搬用乗り物。それが資材の鉄棒を手に振り回しながらドミナント・レイダースに襲い掛かっていた。

 エトピリカ達は従業員用のブリッジを渡って対岸のビルに逃れた。そこからは滑走路の様子が一望できた。

 球体の乗り物がならず者達を押し倒していく。生身の人間と重い物も運べる乗り物に乗った者では大人と子供の喧嘩のようだった。

 ドミナント・レイダースの連中が散り散りになって逃げていく。どうやらヨギが勝った様だ。

 ヨギの乗るガンポッドはそのまま輸送船に乗った。やがて、輸送船は宇宙へ向けて出航する。どうやらヨギはこの星を離れるようだった。

 マスドライバーに乗って宇宙へ打ち上げられる輸送船。

 ブルーバード運送会社の男は空へと帰って行った。

「ヨギさん、宇宙へ行っちゃったね」

 メイデンが空を見上げてそう言った。

「僕らのせいで迷惑を掛けちゃったかな」

 エトピリカは遥か彼方の空へと打ち上げられていく輸送船を眩しそうに眺めていた。

 その後、エトピリカ達は従業員用の通路を歩いていたところを所員に見つかり怒られた。そして建物から放り出される。

 港町からの帰り道。エトピリカは初めて宇宙船に乗った熱が抜け切らずにいた。迷惑にならなければ、ヨギについていきたい位だった。

 エトピリカは運送業者に憧れるようになる。

「ねぇ、私の話を聞いてる?」

 メイデンがエトピリカに何度か話し掛けたが、エトピリカはどこか上の空だった。そんなこんなで過ごしているうちに、エトピリカの家に戻ってきた。

「今日はなんだかいろいろあったね」

 家に帰ってきてメイデンがそうエトピリカに語りかけたとき、ようやく「うん」と短い返事が返ってきた。

 見慣れたごみ溜めの家。希望も何も無い。あるのはその日暮らしだけ。少年の未来に何かしら変化を及ぼしたのかもしれないが、運命を帰るほどには至らないだろう。

「ねぇ、エトピリカ。お水を確保できるようになったし、今度はお風呂をつくろうよ」

 メイデンは綺麗好きロボットだ。そうあらねばならない。セクサロイドであるがゆえに衛生には気を使うのだ。ロボット三原則の下に君臨する絶対ルール。綺麗好きであれ。

「お風呂? 火はどうするの?」

 エトピリカの疑問も当然だった。湯を沸かすには燃料がいる。

「太陽光発電。ゴミ山には小さな太陽光発電パネルがたくさん捨てられているから、それらを繋ぎ合わせて電気湯沸かし器につなげてお湯を作るの。日中しかお湯を沸かせないけれど、どうかな?」

「ソーラーパネルは結構高値で髭爺が買い取ってくれるんだよ。でも、自分用に修理しても良いかな」

「そうそう。自分の生活向上を優先しなきゃ!! 人は文明的な暮らしをしてようやく人間になれるんだよ!」

 人間ではないメイデンが人間を語る。

「よーっし、早速ゴミ山を探して回ろう!」

 太陽光パネル自体が珍しい時代ではない。大量生産されて様々な屋外機器に標準装備されている。ゴミ山を探して回って外すくらいはエトピリカにはわけもなかった。壊れている電気湯沸かし器を捜すほうが難儀したくらいだ。

 ピンポイントで欲しい電化製品が廃棄される方が珍しい。実際、電気湯沸かし器はなかった。あったのは電気コンロだった。だが湯を沸かせる。

「欲しい者は自分で作れる。エトピリカってすごいね」

 メイデンに感心や感嘆といった感情は無い。事実を告げるだけである。 

「そうかな? 今までこうやって生きてきたから気にしたことも無かったよ」

 エトピリカは溶接機を使って拾い物でできた湯沸かし器を作り上げていく。ちょっと工作が得意な子供レベルではない。生存を掛けている為に、技術の習得は貧困であればあるほど重要度が高い。本来ならストリートチルドレンのエトピリカには無縁のものだった。それを所持するに至ったのは町工場を営む髭爺の影響が大きかった。

 宇宙港まで遠出をしたその日に湯沸し器を作る事はかなわなかったが、それは翌日完成する事になる。

 少年は生きていく為の力が十分にあった。必要な物は情報があれば自分で作れる。その情報をメイデンが提供できる。本来は別の用途で作られたアンドロイドだったが、その存在が少年の運命を握る事になる。

 戸籍の無い者が宇宙に出る。その方法。宇宙の運送屋になるための最初の一歩。貧民街の技術屋として少年の立ち位置は確立していくのである。

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