第21話 渇いた星

 それから3日が経過した。

 エトピリカの経済状態はあまり良くないままだ。しかし、彼が悪いわけではなかった。星全土で不況に喘いでいる。一部企業の不正な既得権益が罷り通り栄え、その子会社や外部受託先等は圧力を受け苦しんでいた。

 社会構造の歪さ。それは星の内部の問題だけでなく、星間の力関係も影響している。

 人類発祥の聖地、地球を頂点に築かれた社会体制。銀河中心旅団を名乗る組織が物資を税として地球へと輸送する。

 結果、地球はますます発展し、他の星星は属国の如き扱いを受け疲弊する。

 地球の横暴に反旗を翻した星もあるが、強大な軍事力を持つ地球を前に、あえなく散ってゆく。

 生まれながらに強者と弱者に別れる時代であった。

 エトピリカはそんな時代に生きている。彼の能力の問題では無い。

 個人の幸福が、社会全体の安寧の上に保証される性質であるから仕方が無いのだ。

 エトピリカは悲惨な境遇に生きるが、悲観はしていない。諦観はあっても、今を嘆きはしない。

 そんな少年に転機が訪れるのは天の采配なのだろうか。それは最初に幸運のような姿を装って現れた。少年の運命を決定的に変える出来事のきっかけが始まる。

 

 その日、エトピリカは遠征をし、食べ物を探しに出ていた。飲食店のごみ捨て場は一等地。既に先客がいるので、目的の物にはありつけない。ならばと他を探すも、早々都合よく廃棄食品が捨てられているような場には出くわせなかった。

「エトピリカ、今日も収穫無しだったね」

「うん。まぁ、こんな時もあるよ。さて、これからどうしよう」

 エトピリカがどうしたものかと考えようとしていると、遠くのほうが騒がしくなってきた。

 爆発音。人の叫び声。尋常な様子では無い。

「ねぇ、エトピリカ。なんだか向こうが騒がしくない?」

 メイデンが彼方を指差す。その方向の空から1台のエアカーが近づいて来ている。軍用装甲車のようだ。車体から煙が出ていた。車はどんどん落ちて来ている。

 墜落しているのだ!

「危ない!」

 エトピリカが叫び、メイデンを庇うように地に伏せる。

 エアカーはエトピリカ達のすぐそばを通り抜けて、近くの建物に突っ込んだ。

 周囲の人達が野次馬に集まるかと思われたが、彼らの関心は別の方に向いていた。

 エアカーがやって来た方向で、複数台のエアバイクが入り乱れながら銃撃戦をしている。かたや軍属、かたや賊と思わしき構図。自動小銃やグレネードランチャーが飛び交い、周囲の人々は恐慌状態になって逃げ惑う。

「あっぶなかったぁ…エトピリカ、大丈夫?」

「僕なら大丈夫。それより…」

 二人は無傷だった。エトピリカは立ち上がり、墜落したエアカーを見る。車両や建物に火の手が上がり始めている。

「大変! エトピリカ、どうするの?」

「乗っている人がいないか様子を見てみる」

 エトピリカは運転席へ向かった。

「あ、待ってよ…あれ、車両の後部扉が開いている」

 メイデンはエアカーの後部扉が開いているのに気を取られているようだった。

 そんなことは知らずにいるエトピリカは運転席の様子を見た。

 頭部から血を流して運転手は倒れている。

「大丈夫ですか!」

 エトピリカは声を上げ、車両のドアを開けようとする。衝突の衝撃でドアが歪んだらしく、ギギギという音と共にドアが開く。

 ドアが開くと同時に運転手はドサッと地面に倒れ落ちた。

 …即死している。

 エトピリカは目を閉じた。彼は見ず知らずの人が亡くなった事を悲しんだ。

「…? メイデン?」

 そこでエトピリカはようやくメイデンがいない事に気が付いた。

「メイデン。どこにいるの?」

 エトピリカがエアカーの後部に回り込む。エアカーの後部ドアが開いていることに気が付いた。

 エトピリカは恐る恐る中にはいる。そこには開いたアタッシュケースを前に座るメイデンの姿が。

「何をしているの?」

 エトピリカはメイデンに声を掛けた。

「あっ、ごめん。アタッシュケースがあって、メモリーカードを見つけたの」

「メモリーカード?」

「記憶媒体。情報を保存しておけるの。これ、なにか大事なものかもしれない」

 メイデンの手には小さな記憶媒体が握られていた。

「そんな事より、火の手が上がっているよ。早くここから離れなきゃ!」

 そう言うとエトピリカはメイデンの手を引き車両から出た。

 外では未だに銃撃戦が繰り広げられている。

 バビューン、と1台のエアバイクが通り過ぎていく。

 賊が撃墜したエアカーの位置を確認しているようだ。

 エトピリカは賊と一瞬、目が合った。

「ここにいたら巻き込まれる! 僕らも逃げよう!」

 周囲の人々は我先にと逃げ惑う。混乱を極める中、エトピリカ達も逃げ出した。


 エトピリカ達は無事に家に戻った。

「ねぇ、エトピリカ。これ。持ってきちゃった」

 メイデンがすまなそうに手を差し出す。

「あのままあそこにおいていても焼けちゃっただろうし、確保できただけ良かったのかもね」

「これ、私にも差し込めるものだから、中身が無事か確認してみるね」

 そう言うと、メイデンはうなじのメモリーカード差込口にメモリーカードを入れた。

「君って色々なことができるんだね。…で、中身は大丈夫?」

 メイデンが目を閉じている。メモリーカードを読み込んでいるようだ。

「なんだか暗号化されているみたい。一応、私の内蔵メモリーにバックアップとしてコピーしておくね」

 しばらくしてからメイデンはメモリーカードを抜き出し、エトピリカに手渡した。

「これ、軍に届けたほうがいいのかな…明日、テッドさんに相談してみよう」

 

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