第31話 星の航海者

 エトピリカの生まれ故郷の星を離れ、まる三日が経過しようとしていた。元々辺境の宙域で行き交う宇宙船は少なく、何も無い場所なので立ち寄る場所も無い。

 あるのは遠くの恒星の煌めきばかりである。

 太陽から遠く離れた宇宙空間。日中、という概念はそんな場所の航海中には無い。昼や夜というのは存在しない。銀河標準時間としての地球基準の時間があるだけだ。

 その時刻が15時頃。エトピリカは食堂にいた。翁にしごかれて疲れ切った後の休憩である。食堂にはむさい男たちがたむろしていた。やることの無い連中は酒を飲んでいる。地球基準の時間なら昼だが、宇宙に出れば昼も夜も無い。根が無法者達は堂々と酒を飲んでいるのだ。

「俺達は追跡を受けている」

 シラフのベックが真剣な表情でそう語った。

「わかるんですか?」

 エトピリカは尋ね返した。

「あぁ、俺達の遙か後方にずっと熱源反応があるらしい。間違いなく軍の船だな」

「普通の民間の船の可能性は無いんですか?」

「足の早いこの船が引き離せない速度で追いかけて来ているんだ。大型の戦艦クラスだろうよ」

「軍のエアカーを襲ったから追いかけて来るんですか?」

 エトピリカの問にベックは難しい表情を浮かべた。

「…そうか。お前は知らなかったのか。俺達が狙ったのは軍の機密情報。地球に対する軍のクーデター計画だ。暗号化された情報は決起する連中の血の署名さ」

 エトピリカはベックの話を理解できなかった。地球は絶大な力を誇り、他の星星を支配している。他の惑星の勢力では地球とは争いにもならないだろう。だが、それ以上にエトピリカが気になったのは…

「なぜ、そんな危うい情報を作るんだろう…」

 少年は思いついた疑問を口にした。

「クーデターに参加するという証は、新たな組織を口説く際に役に立つ。これだけの者達が参加するってな。その為の公式文書による連名さ。それがあの暗号化されたデータだ。通信傍受などの盗聴を防止するために、電波ではやり取りしないようだ。古臭い物理媒体による運搬の理由がそれさ。コピープロテクトされていなかったのは幸いだ」

 と、その時メイデンがコーヒーを持ってきた。砂糖入りである。尚、航海中は砂糖は希少品である。

「ありがとう、メイデン」

 エトピリカは礼を言った。

「随分と気が利くメイドロボだな」

 ベックは感心しながらそう言った。

「私はメイドロボではございません。SEX-DROID 5590667のメイデンです」

 メイデンの言葉に食堂内が静まり返った。酒を飲んで馬鹿騒ぎしていた連中まで黙っている。

 「おい、聞いたか?」「セクサロイドだってよ」「なんであんなガキがそんなものを…」など、ひそひそ話が聞こえてくるが、それ以上に雰囲気を変えたのは、彼らのメイデンを見る目つきだった。

 ただのメイドロボだと思っていたものに性機能が搭載されていることがわかったのだ。男所帯で女毛のない船で生活している荒くれ者共にとっては目の毒だったメイデンが、便利な家電から女へとその見方が変わった瞬間である。

 エトピリカはそんな状態に陥った事など全くわからない。ライオンの檻の中にいる草食動物がのほほんとしているようなものだ。

 流石にベックの方は一波乱有りそうな予感を感じ取っていた。後方の軍属船の憂い以外にも内部に問題が発生しそうだと内心考えていた。

「…なぁ、小僧。お前、どこでこいつを盗んできたんだ?」

 ベックは胸中に渦巻くものを覆い隠してエトピリカに聞いた。

「盗んでなんていないよ。彼女は捨てられていたんだ。僕みたいに、ね」

「なんだい。誰かの中古品か」

 ベックは微妙そうな表情を浮かべた。

「私は未使用品です!」

 メイデンは怒りの感情を発露させていた。

「なんでまたそんな変わったものが捨てられるのやら…やれやれ」

 ベックはそう言うと席を立ち、食堂を出ていった。

「ねぇ、聞いてよ。エトピリカ、ここに来てからあまり私に構ってくれないよね?」

 ベックのいた席にメイデンがストンと座った。

「まだここに来たばかりじゃないか」

「そんなこと言って、お仕事ばかりで一緒にいる暇ないじゃない!」

 メイデンはプンスカ怒っている。放置されたヒロインモード全開のようだ。

「20時過ぎになれば、一緒に倉庫で寝れるじゃないか」

「エトピリカ、すぐに寝ちゃって私に構ってくれないでしょ!」

「慣れない仕事で疲れているから…そうだ。まだ休憩中だったんだ。ごめん、メイデン。また後で!」

 エトピリカはコーヒーを一気に飲み干して食堂を駆け出していった。

「あっ、エトピリカ。話はまだ途中だよ。ひっどーい!」

 エプロン姿のメイデンは不満たらたらだった。

 エトピリカもメイデンも全く気がついていなかったが、そんな二人のやり取りを周りの男達は鋭い視線で見つめていた。


 昼夜だけでなく、天気と言うものも存在しない宇宙の片隅で、嵐が訪れそうな雲行きだった。

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