第3話 社会

 朝。エトピリカが目覚めると、目の前には節電中のアンドロイドがあった。

 精巧にできた人間のような姿なので、少年はなんとも落ち着かずにソファーから起き上がる。

「お目覚めですか。ご主人様」

 メイデンは通常モードに移行したようだ。

「おはよう。メイデン。僕は朝ごはんを探してくるよ。ここで待ってて」

 エトピリカはそう言うと近くのゴミ山を目指す。

 目的は賞味期限切れの廃棄食品。

 この惑星では自由主義市場のもとで企業間競争が行われていた。それははっきり言って無駄、に尽きるものである。それどころか営利目的、これも無駄に過ぎない。

 競争とは企業間の摩耗がある。営利目的であれば商品価値に利益を乗せる。売れることを前提の生産を行う。

 これらは無駄だ。はっきり言って無駄だ。

 近隣惑星のジェイドでは、人の消費単位にあわせて生産が行われる。

 人であれば一日三食分の食料品が生産される。廃棄食品は出ない。生産者も売れない分まで製造しない。材料も消費しない。国営企業が運営する。利益は一切求めない。消費者にも最低限の価格で提供される。

 ジェイドは完成された生産社会であった。衣食住を誰でも得られる社会構造を目指した。先進社会の惑星だった。

 だがエトピリカのいる惑星は違う。余剰生産が行われる。その不完全性がエトピリカのような貧困層の救いとなっている。

 エトピリカは捨てられたランチボックスを拾う。消費期限が過ぎたので、今朝がた捨てられたようだ。

 エトピリカは待ってましたとばかりに拾って帰った。

「おかえりなさいませ。ご主人様」

「ただいま。今日は運が良い。こんなのを拾ったよ」

 エトピリカが自慢げに出したのは捨てられたゴミだが、アンドロイドにはただの食料品にしか映らないらしい。

「美味しそうで何よりです」

 メイデンは当たり障りない返事を返す。機械には貧しい少年の生活を推し量るような能力は与えられていない。

 エトピリカは捨てられていたランチボックスを温めもせずに食べる。少年の家には電気もガスも水道も無かった。

 廃材で囲われた間に、ソファーとテーブルが置いてあるばかりだ。

 食事を終えるエトピリカ。

「ご主人様。今日は何をなさいますか?」

「いつもゴミ山あさりさ。少しでもお金を貯めないと」

「ご主人様には何か欲しいものが?」

 メイデンの質問に、エトピリカはうーんと唸った。彼には欲しいものはたくさんあった。そんな中上げたのは…

「宇宙船かな。いつかこの星を出て冒険したい」

 メイデンは拍手した。

「それは素晴らしい。どのようなところへ行ってみたいのでしょう?」

「いろいろな生き物がいる星やお宝がたくさんある星、まだ誰も見たことがない星、宇宙の果まで行ってみたい」

「ご主人様ならきっと出来るでしょう」

 そう答えるメイデン。

 メイデンは基本的に主のご機嫌を伺い、好印象を持たれるような回答しかしない。

 プログラムされた通りの動きであったが、それは家族の居ないエトピリカには大きな影響となった。

 住民には疎まれる存在であるストリートチルドレン。エトピリカは心の底では家族を渇望していた。現れたアンドロイドは製造目的こそ果たさないが、持ち得た機能はエトピリカに多大な影響を及ぼしている。

 と、床をカサカサと這い回るものの気配。ゴキブリであった。人類が地球から連れ添い続けている唯一の生き物だった。どのようなところでも人間が住める場所ならば平気で生息する。

 メイデンはゴキブリを避けた。女性型だからではない。自らの衛生性を保持する為だ。

「ご主人様。わたくし、お風呂に入りとうございます」

 アンドロイドはそう言った。

「えっ、お風呂?」

 メイデンは自分自身を清潔に保つ義務がある。自分自身を洗う機能も付いているが、普通は家のお風呂場を使う。

 だが、エトピリカの家には風呂が無い。

「少し歩くけど温泉ならあるよ」

「一緒に入りませんか?」

 基本は混浴するアンドロイドのモデルである。ちゃんとユーザーの体を洗う機能まで付いていた。

 エトピリカは少し迷ったが、初めての身近な他者という存在である。望みを聞くのは良いかもしれないと考えた。

「わかった。行こう!」

 エトピリカは家の壁に干してあったボロ布を手に取った。タオルに使うらしい。

 エトピリカとメイデンは家を出た。

 通りは粗末なコンクリートの壁の建物ばかりで、明らかに貧困層の町並みとわかる景色だった。

 エトピリカとメイデンが町中を歩く。誰もエトピリカ達を気にもとめない。メイデンは限りなく人間に近い姿なので、姉弟位にしか思われていないようだ。

 と、大通りを大人たちが行進している。

「アステル・ソサエティの横暴を許すなー! 下請けイビリはやめろー! 我々の賃金を上げろー!」

 先頭の男がそう叫ぶと、後続の者たちは「然り!然り!」と続いて叫んでいた。

 アステル・ソサエティは惑星イチの地下資源採掘業の企業である。ほぼ事業を独占し黒い噂は耐えないが、この惑星で裕福に暮らすにはかの企業に就職する以外に無かった。

 エトピリカは他人事の様にデモを見ている。少年も大人になれば、否が応でも彼らと同じ立場になるであろう。

 だが、少年は背を向ける。己を待つ将来の姿に。


 同じようになるのが嫌ならば、夢を果たす以外にはなかった。

 ごみ拾いの少年には土台無理な夢であっても。

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