第33話 追跡者の襲撃

 早朝。突然館内に鳴り響くけたたましい警報。明らかに緊急事態だった。

「うわわ、なんだ!」

 エトピリカは飛び起きた。

「おはよう。エトピリカ。なんだか騒々しい朝だね!」

 メイデンは緊急性を感じ取っているのだろうか。のほほんと目覚めたエトピリカに挨拶を交わしている。

「何が起きたんだろう…」

 と、そこに艦内放送が流れた。マムの声だった。

「野郎共、さっさと持ち場へ付きなぁ! 軍属と思われる追跡者の船から戦闘艇が射出された。こちらも迎撃に出るよ。Battleの始まりだ。我らが海賊団の真の恐ろしさをわからせてやりなぁ!」

 館内放送はブツリと切られた。

「僕も機関室に行かなきゃ」

「エトピリカ、この船大丈夫だよね?」

 メイデンは重要ではあるが、エトピリカには答えのわからない質問をした。当然彼には答えられない。

「みんなを信じるしかないよ!」

 エトピリカにしてみれば、苦労して見つけた新しい居場所だ。無くすわけにはいかない。

「今の設定、戦時下と言うのでいいかな?」

 メイデンはおかしなことを聞いてきた。

「えっ、確かに戦闘中だけど、戦時下って言うほどかな…」

「私、戦時下になると緊急用のネットワークに接続できる機能があるの。必要なら言ってね!」

 メイデンの隠し機能。どのように使うのかは不明。高性能機ゆえに不要なものでは無さそうだ。

「うん。今はとりあえず大丈夫。じゃ、僕も行ってくるね!」

 詳細は確認せず、エトピリカは寝床を飛び出した。

 人が慌ただしく行き交う通路。動線は混雑していた。不慣れな少年は混雑がおさまるまで待つしかなかった。

 運ばれて行く物資。砲座へ補充される弾丸用のエネルギーCAPのようだ。船の兵装は光学兵器が中心で、実弾が使われることはまず無い。弾速と射程の問題が大きいからだ。

 エトピリカも砲座の持ち場に付きたかった。せめて戦う事で戦場にいる恐怖を紛らわしたかった。その方が恐怖をごまかせる。メカニックをやっていると戦場の状況が全くわからない。それが尚の事恐怖を掻き立てる。

 通路が空いて通り抜けられるようになった頃にはだいぶ時間がたっていた。

 ようやく機関室にたどり着く。

「遅かったな、小僧」

 翁が既に動力部と格闘していた。激しく吹き出す蒸気。

「すみません。道が混んでいて…」

 エトピリカは咄嗟に言い訳をした。

「あぁ、無理にでも道をこじ開けてこんかい。それより、ラジエーターを見とくんだ。あまり調子が良くない。このままではエンジンがオーバーヒートしてしまうわい」

「オーバーヒートするとどうなるんですか?」

「動力部が緊急停止し、エンジンが冷却されるまで再稼働出来なくなる。そうなると戦闘艇に狙い撃たれて轟沈じゃな」

 機関室は船の急所。エトピリカには自覚はないが、動力部のメカニックは非常に重要な役職だった。

 エトピリカは工具を抱えてラジエーターに駆け寄った。

「翁、僕は何をしたら…」

「小僧、ラジエーター付近は蒸気が吹き出る。慣れないうちは近づくな!」

 と、翁が叫ぶと同時に水蒸気が勢いよく吹き出す。

「うわわっ!」

 エトピリカはよろめいた。水蒸気に直撃こそしなかったが、かなり熱いのはわかった。

「ほら、いわんこっちゃないわい! 床を這って進むんじゃ。床には水蒸気は吹き出さん」

「わかりました!」

 エトピリカは言われたとおりに床に張り付いた。

 と、その時、ゴゴン、ゴゴウン!と激しい音が鳴った。船の主砲が放たれたようだ。

「むぅ、ラジエーターの調子が良くないのに主砲でエンジンに負荷をかけるとは。よほど接近戦をしたくない相手なんじゃな」

「ここからそんなことがわかるんですか?」

「おうとも! マムの戦い方はよーくわかっとる。主砲を牽制に使いよったようだ。射程は1番長いからな」

 と、その時艦内電話が鳴った。翁は手が離せないのでエトピリカが対応した。

「はい。こちら機関室」

「小僧かい。エンジンの出力が落ちている。このままでは敵に狙い撃ちにされる。何とかするように翁に伝えな!」

「ラジエーターの調子が悪いみたいです」

「そいつをどうにかするのがお前たちの仕事さね。わかったかい?」

「イエス・マム!」

「良い返事だ。あとは働きで示しな!」

 ガチャりと館内電話が切られた。

「マムは動力をなんとかせいと言うとったじゃろう?」

 翁がボルトを締めながらエトピリカに尋ねた。その額には汗が浮かんでいる。

「はい」

「わしらのやることは至ってシンプル。この部屋の中の機関を最善に保つこと。やるぞい!」

「はい!」

 メカニック達の戦いは続く。

 外では戦闘艇同士の戦いが始まったようだった。エトピリカは祈るしかない。戦いの行く末がこちらの勝利であることを。そしてこのような経験を通して肝が座っていくのだった。

 半端者の兵士のように、敵を目の前にして他のことが考えられない状態でいっぱいいっぱいにならず、理性で戦闘の恐怖と立ち向かう精神力を身につける。なり手の少ない裏方職は、エトピリカにありきたりな成長は与えなかった。

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