第34話 激闘の果て

 ドン! ひときわ大きな音と衝撃に船が揺れる。エトピリカには外部の様子はわからない。故に恐ろしかった。いつ船が轟沈してもおかしくは無いのだ。

「いまのはいかんな。どこかに被弾したぞい」

 翁がそう呟いた。とは言っても、手元の作業は止めてはいない。エトピリカは慌てて作業に意識を戻した。

「わかるんですか?」

「長年船に乗っておるとたまにあるのじゃ。戦闘艇の攻撃じゃろう。戦艦の主砲などならこんな衝撃では済まないからのう」

「無事、切り抜けられそうなんですか?」

「当たり前じゃわい。この程度の出来事、何度も渡ってきたわ。ほれ、小僧。減圧処理をする。手をかさんかい」

 エトピリカは翁の指示に従って動く。仕事は過酷だ。機関室は熱気に包まれている。高圧ガスなども使うので危険な場所でもある。それでも奥まった場所なので、砲座などの戦う者から見れば安全な場所に見られていた。

 メカニックを望むのは臆病者。そんな風潮さえあった。少々前時代的かつ野蛮な職場としては血気盛んなやつの方が幅を利かせる。だから翁の下に人が来ることはなかった。だが、今はエトピリカがいる。

 彼の手伝いは翁の助けとなって、動力部のトラブルは頻度を減らした。船の心臓部さえ無事なら船自体の高速戦闘は可能だ。

 急に船が傾く。回避行動だった。外の戦況は激しいようだ。

 バラバラと工具が散らばった。ふわふわと浮いた工具が拡散していく。

 エトピリカは慌てて工具を拾い集める。

「小僧。しっかりせい。わしらが頑張らねば、誰もここを守れんのじゃ。ここが無事な限りは船も無茶をできる。ここが要なんじゃ」

「はい。わかりました!」

 エトピリカの戦いは続く。

 そして、その時の戦闘は二時間にも及んだ。やがて、館内放送が流れる。

「お前たち、良くやった。敵艦の撃沈を確認した。私らの勝利だよ!」

 マムの声に船のそこかしこから歓声が上がる。しばらくしてから再びマムの声が聞こえてきた。

「私らを追跡するものはいない。よって、これより本拠地へと帰還する」

 再び歓声。どうやら本拠地への帰還は休暇を意味するらしい。

「ほほう。やっと自由に酒を飲めそうじゃわい!」

 翁は笑顔だった。

「航行中は酒を飲まないんですか?」

「戦闘艇乗りたちと同じじゃ。いつ何があるかわからん。だから程々にしておくのじゃ」

 翁はどうやら航行中でも少しばかりは酒を飲んでいるようだった。もっとも、その程々の基準が本当に人並みの程々なのかはわからない。

 海賊船は安定航行に入った。この先は動力部に負担がかかることも無い。

「小僧。先に休憩に入っとれ。わしも今の作業を終えたら今日の仕事は終わりじゃ」

「わかりました」

 エトピリカは手早く道具を片付けた。そして機関室を出ていく。

 エトピリカが館内を歩いていくと、一部の様子がおかしかった。

 皆、沈んだ表情を浮かべていた。エトピリカは近くにいた男に尋ねた。

「何があったんですか?」

「あぁ。先程の戦闘で後部砲座に被弾したんだ。そこの砲撃手が戦死したのさ。これから貨物用ボックスに載せて宇宙葬をするのさ」

 エトピリカはその場の状況を理解した。海賊船の砲座は比較的殉職率の高い現場だった。

 人が一人分入りそうな木箱が運搬されていく。貨物の搬出口まで人々が担いでいる。

 床に置かれる木箱。皆が黙祷を捧げている。

 死体は放置すると衛生的に良くない。保持する方法もないので、これから宇宙に射出されるのだ。

「帰ることのないものに黙祷!」

 砲撃手達が一斉に黙祷を捧げた。

 棺桶となった木箱はそうして船の外に射出された。

 戦場。誰もが等しく戦死する可能性がある。そこでは命の重みなど羽根より軽い。

 エトピリカはその日の無事に感謝した。いつ自分があのようになってもおかしくはないのだ。

「よう、小僧。お前は無事だったか」

 エトピリカの背後から声がかけられる。

「ベックさん、無事だったんですね」

「当たり前よ。俺が戦場で死ぬわけがないだろう! 死ぬなら女のいるベッドの上と決めているんだ」

 敵船を落としたのはベックだ。彼は宇宙海賊最強の戦闘艇乗りである。これまでくぐり抜けてきた死地も星の数ほどある。

「僕は慣れそうにありません…」

「人が簡単に死ぬことにか? 人間なんてのは案外簡単に死んじまうもんだぞ」

「そう割り切れないって事です」

「お前も食うや食わずやのギリギリを渡ってきたんだろう。生き死になんて身近なものだったんじゃないのか?」

「毎日変化のない生活ばかりだったんで、かなり落ち着かないです…」

「そうかい。ならば、改めて挨拶をしよう。地獄の一丁目へようこそ。ここはあの世が近い職場だ。せいぜい長生きするこった。じゃあな」

 ベックは後ろ手に軽快に手を振って去っていった。

 エトピリカは命というものがわからなくなっていた。無くせば取り返せないのに、人はなぜ命のやり取りをするのだろうかと。

 それぞれ互いの組織にとって、問題解決が相手を殺傷するのが最善最良な単純な方法だからなのだが、だからこそエトピリカには理解できなかった。

 貧しかったからこそ、その日の糧を得られた事と言うような些細な事に感謝する生活からは遠ざかったのだ。

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