第29話 宙域からの離脱
「きおったか」
白いひげを蓄えたモノアイゴーグルのお爺さんが機関室内に居た。
「あなたが翁さんですか?」
「おう。さん付けはいらん。ここでは皆家族。気兼ねなく呼びな」
エトピリカは家族という言葉に一瞬戸惑った。
「家族、ですか?」
「何だ、知らんのか。ここの者は皆マムに拾われた孤児たちの集まりぢゃ。わしは反対したんじゃが、マムは子供を見捨てられなくてのぉ。喰っていくために海賊稼業をはじめる始末。わしはあいつに振り回されっぱなしじゃわい」
エトピリカは意外な話を聞いた。自分を仲間に入れてくれたのにも訳があったのだ。
「…僕も孤児です」
「昨日までは、じゃろう。今日からはここの一員じゃ。ビシバシ働いてもらうがのう!」
「それは構いません! 僕は既に町工場で働いていました。仕事を、僕に仕事を教えてください!」
エトピリカは頭を下げた。翁は頷く。
「よかろう。まずはわしの作業補助からぢゃ。わしの言う工具を持ってこい。そろそろ艦隊戦となる。機関は全力で動き出す。わしらはその補助ぢゃ!」
「はい!」
エトピリカは機械に興味があった。だからワクワクしていた。宇宙船に触れる。それは将来的に船を持ちたいエトピリカには堪らない事だった。
翁は動力部の床下の隙間に潜り込んでいく。中で作業をしているのだ。工具は床上に置いてある。必要な工具を使うには何度も出入りしなければいけなくなる。そこを解決するためにエトピリカが必要とされたのだ。
エトピリカは指示された工具を拾って翁に
手渡す。工具の名称は町工場で働いていたときに覚えたので、すぐに役立てた。
エトピリカは無我夢中で働く。と、そんな時であった。
ゴゴウン、ゴゴウン!
大きな音が鳴った。
「わっ、なんだ?」
機関室内にまで響く音。
「主砲の音じゃな。しばらくして戦闘艇も射出されるじゃろう」
「軍と真っ向から闘うんですか!?」
翁は笑った。
「そんなわけあるかい! 適当にあしらって逃げるのじゃよ。この船は足が早い。逃げ足にはよほどの性能の船でなければ付いてこれん」
「僕らはここでこうしていて良いんですか?」
「船が全速力で逃げるとき、動力部に一番負荷がかかる。この持ち場を最善の状態に保つのが今のわしらの仕事ぢゃ。戦闘は戦闘員に任せておけい!わしらの一番の仕事は戦闘艇で戦う連中の、帰る場所を全力で守ることぢゃわい」
「帰る場所を守る…」
エトピリカはその言葉に思う所があった。今の自分の帰る場所は、あの離れた星のゴミだめの中では無くこの場所なのだ。今いる場所を全力で守らなくてはいけない。
「さぁ、ぼやぼやしておれんぞい。次の工具を手渡すのぢゃ」
翁が手を伸ばして催促するので、エトピリカは手にしていた工具を手渡す。
外では激しい戦闘が行われているのだろう。だが、今いる場所では何が起きているのかわからない。少年は不安だった。自分の生き死にが他人の手に委ねられているのだ。それはこれまでの人生では無かったことだ。
少年は海賊船の中で人への信頼というものを学ぶ事になる。
ドゥン!
激しい爆発音。船が揺れる。少年は見えない驚異に恐怖しながら仕事をこなした。今できる事をやるしかないのだ。
翁が工具で動力部をガチャガチャやっている。少年は早く一人前になりたかったので、翁の仕事ぶりをつぶさに観察した。
仕事に集中することが恐怖を和らげた。
やがて、機関室内の館内電話が鳴った。翁は床下にいるので電話に出られない。
「マムぢゃな。わしに代わって電話に出とくれ」
エトピリカは頷き電話を手に取る。
「機関室かい。これからこの船は全力でこの空域を離れる。最大出力で頼むよ!」
「アイアイサー!」
エトピリカは勢いよく返事をした。
やがてフル稼働を始める動力部。翁は床下から這い上がってきた。
「ふぃぃ、なんとか間に合ったゾイ。さぁ、小僧。次の仕事ぢゃ。ぼやぼやしているんじゃないぞい!」
「僕、エトピリカと言います!」
「そうかい、エトピリカ。わしらエンジニアには休む暇はない。次は戻ってきた戦闘艇の整備ぢゃ。工具を持て。行くぞい!」
翁は駆け出した。エトピリカは慌てて工具入れを担ぐ。工具入れは大きかったが、幸い宇宙空間では重さを感じなくて済んだ。
そう。宇宙に出たので、体がふわふわするのだ。
エトピリカは機関室を出る。慣れない宇宙空間に戸惑う。
「エトピリカ、廊下の荷物を固定している鎖を辿って付いてくるんぢゃ」
翁は物資を固定する鎖を使って望む方向へと進んでいる。
エトピリカもわたわたしながら付いていった。
やがてたどり着いたのは格納庫。合計5機の戦闘艇が格納されていた。
館内放送が戦闘状態を解除する旨を伝えると、戦闘艇のパイロット達が降りてくる。
そのうちの一機から降りてきたのはベックだった。
「何だ小僧。お前メカニックになるのか。改めて、俺はベックだ。戦闘艇部隊のエースをやっている」
そこに翁がやって来た。
「ベック。ようやくわしの仕事を教えられる小僧じゃ。艦内では面倒を見てやってくれい」
「ハハッ、久しぶりの新入りか。仕事が終わったら、食堂に来な。じゃ、頑張れよ」
ベックはポンとエトピリカの肩を叩いて行った。
「それぢゃあ、まずはベックの戦闘艇から面倒を見てやるかの。やつなら被弾も少ないから手間もかからんのじゃ」
翁は一番ドックに泊まっている戦闘艇の前でそのように呟いたのだった。
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