第25話 追い詰められた日常

 エトピリカは慎重に表通りまで戻った。

 …どうやら先程の男はいなくなったようだ。念には念を入れて直帰せず寄り道をしながら家まで戻った。

「おかえり、エトピリカ。遅かったね」

 メイデンが待機状態で待っていた。

「町中でこの間の宇宙海賊を見かけたよ。あいつら、未だに彷徨いているみたいだけど、危険を犯してまで何をしていたんだろう」

「…メモリーカードを探していたのかもね」

「車ごと燃えてなくなったとは思わないのかな」

「よほど大事なものなんじゃないの?」

「うーん。軍は探している様子はないみたいだけど、どうなっているんだろう」

 メイデンは思案する。

「なら、テッドさんに尋ねたら? あれから数日経っているし、何かしら動いたかもしれないよ」

「…そうするか。君はお留守番ね。まだ、外に宇宙海賊の連中がいるかもしれないから」

「えーッ‼ またお留守番?」

 メイデンはあからさまに不機嫌な表情をした。

「しばらくはダメ! じゃ、行ってくる」

 所有者の命令はアンドロイドには絶対だ。何があっても命令に反することは無い。好感度判定にて引っかかり、不満を告げる事はあっても、だ。

 エトピリカが外出した時、メイデンには外出しない事というオーダーがかかっていた。後ほど、これが幸いする。


 エトピリカは地下街を目指した。今度は行き交う人に警戒しながら歩く。

 薄暗い街中に入った時のこと。

「エトピリカ」

 呼び止めたのは娼婦のエイラ。

「お久しぶりです」

 エトピリカが挨拶を返すが、エイラの様子がどうもおかしい。

「もしかしなくてもテッドのところへ行くつもりかい?」

「はい。そうです」

 エイラが険しい表情をする。

「知らなかったのかい。テッドは殺されたよ」

 エイラが話す衝撃の内容。エトピリカは激しいショックを受けた。

「そんな…テッドさんが…」

「テッドの店の周りで怪しい連中を見たってヤツもいる。しばらくこの街にも近寄るのはおよしな。どうもきな臭くって」

 エイラはタバコをぷかりとふかして、フーっと煙を吐いた。

 追い詰められたエトピリカには頼りになる大人はテッドだけだった。今しもまさに頼りにしに来たらこんな話が飛び込んで来る。

 ふと、宇宙海賊の男と遭遇したことを思い出す。もしかしたら、奴らがテッドさんを殺したのかもしれない。エトピリカはそう考えた。

「エイラさん。怪しい連中というのがどんな奴らかわかります?」

「さぁてね。まっとうな人間ではないことは確かだろうさ。地下街の人間から見て怪しいなんて言われるような奴らだよ?」

 なるほど。多種多様な人間が入り乱れる非合法の地下都市。そこの住人さえもが警戒するのだから、ただ事ではない。

「わかりました。僕はおとなしく帰ります」

 エトピリカの言葉にエイラは頷いた。貧しい者たちは横の繋がりが強い。助け合いの精神が必要となる。トラブルが起きたらあっという間に周囲に知れ渡る。

 これがエトピリカの命を救った。

 

 地下街を後にする。

 こうなると行き交う通行人さえ気にかかる。突然恐ろしくなった。

 相手がどこに現れるのかわからないのだ。近場で遭遇した事が、宇宙海賊がまだ近くに潜伏しているかもしれない恐怖を駆り立てる。

 エトピリカはひと目を気にしながら慎重に家まで戻った。特に問題はなく、誰かに尾行されてもいないはずだ。

「ただいま…」

 エトピリカが室内に声をかける。メイデンがいるはずだった。

 返事がない。エトピリカが不思議がる。


 と、突然背後から何者かが現れ、エトピリカは床に組み伏せられた。


「よぉ、坊主。遅かったな?」

 エトピリカを組み伏せたのは町中で遭遇した宇宙海賊の男だった。他にも数人の男達がいた。

「なぜここが…」

 エトピリカはうめきながら声を上げた。

「エアカーの墜落現場ではお前だけじゃなく女も居た。だからよ、街で女を連れた浮浪者のガキを見なかったか聞いて回ったらよぉ。知っていたやつがいたのよ。残念だったなぁ?」

「メイデンをどうした!」

 エトピリカはあらん限りの声を振り絞った。

「…あぁ、あのアンドロイドか。グランドマムが尋問している最中さ」

 宇宙海賊の男がそんなことを言っていると、入り口から一人の老婆が入ってきた。

「なんだい騒がしいねぇ。…おや、ガキが帰ってきたのかい」

 老婆はエトピリカを睨めつける様に見ながらそう言った。老婆の背後からメイデンが連れられてやってくる。

「メイデン! 良かった。無事だったんだ」

「このポンコツ。いくら質問をしても要領を得なくってねぇ。お前が帰ってこなければ連れ帰ってクラッキングしていたところだよ。お前がアタシらの質問に素直に答えるならば、このポンコツは返してやるよ」

 エトピリカは床に組み伏せられたままだ。このまま尋問されるらしい。

「一体、何が知りたいんだ!」

 それでもエトピリカは威勢良く問い返した。

「全く、躾がなっていないガキだねぇ。いいかい、よくお聞き。アタシらは機密情報を運んでいた軍のエアカーを襲撃した。その時は追い払われてしまったがね。襲撃当日。軍の通信を傍受したところ、機密情報がロストしたと言うやり取りを掴んだのさ。あの時墜落現場に人がいたのはうちのものが見ていた。火事場泥棒しやがったやつがいるだろうってねぇ。お前たちがそうなんだろう?」

 エトピリカは思案した。素直に答えても無事で済む保証はないが、しらばっくれても良いことはなさそうだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る