第17話 踏みにじる者踏み躙られる者
エトピリカは周囲を見回した。誰もいない。何か見たものはいないか聞こうにも出来ない。
焦りが胸中を襲う。
エトピリカは周囲を駆け回りメイデンの姿を探した。
通行人を見かけるやいなや、
「すみません、この辺りでアンドロイドを見かけませんでしたか?」
と尋ねて回る。
「アンドロイド? さぁてねぇ。どんなアンドロイドだい。色々なタイプがあるだろう。え、わからないだって? それならこっちもわかりやしないよ」
であるとか、
「おじさんねぇ、少年みたいな子がアンドロイドを連れ歩けるとは到底思えないんだよ。大人をからかっちゃあいけないな」
と、あしらわれたりするなど、全く成果は上がらなかった。
足取りは掴めず、行方は知れないままだ。
挙げ句の果には警官を見かけて縋るも、
「何だ、坊や。どこに住んでいるんだい? 身元は?」
と、職務質問され、慌てて逃げ出してなんとか逃げ切った有り様だった。
少年には社会に頼れる者はいない。正しく「孤児」だ。社会からは切り離され、普通の人ならば受けられるような恩恵も無く、自分自身の力でしか生きて行くしかない。
それはなにか問題に当たっても、自己解決するしかない事を意味する。
しかし、事件に遭遇し、それを解決するには少年は幼すぎた。
エトピリカは久方ぶりに無力感に打ちひしがれていた。
何とかしなければならないのに何も出来ないと言う現状。時間ばかりが過ぎていく。
自分だけの力では手がかりすらも得られない。そんな少年の脳裏に浮かぶのは限られた人々。思い立って駆け出した。
一方その頃。
どこかの薄暗い倉庫のような一角で、メイデンは拘束具に繋がれ、身動きが取れずにいた。
そばに立つのはエトピリカを襲った悪漢が二人。
「見ろ、このアンドロイド。かなり上質なやつだぞ。なんであんなガキがこれほどの掘り出し物を連れ歩いていたんだ?」
エトピリカを殴り付けた男は横のツナギ姿の男に話しかける。
「さあてね。いいじゃないですかい。そんなことはどうでも。それじゃあ、オイラはこいつの再調整をするとしますかね」
ツナギの男はケーブルに繋がれたコネクタを取り上げる。
メイデンは男が何をしようとしているのか察した。外部からの不正アクセスである。
「ヤダ、ヤダヤダヤダ! やめて!」
メイデンは身をよじる。
「へっへっへ、いい子にしなぁ!」
ツナギの男はお構い無しにコネクタをメイデンの首筋の端子部分にねじ込んでいく。
メイデンがビクンと反応し、やがて瞳孔を開ききって身動き一つしなくなった。
「おい、こいつを再教育するのにどれくらいかかる?」
もう一人の男が尋ねた。
「わからないが、少し時間をくれ。高級モデルはプロテクトが固いからよ」
「任せた」
そう言うと男は部屋を出ていった。部屋にはツナギの男と動かないメイデンが取り残された。
「ぼちぼち始めますか。クックック! アンドロイドの記憶部を弄るのは、人間の精神を蹂躙しているみたいでたまらないぜ!」
男の目に浮かぶのは愉悦。ツナギの男はケーブルの先にあるコンソールを叩き始めた。
エトピリカはメイデンが危うい状態にあるのを知らない。時間との問題なのだ。
それでも彼は全力疾走でとある場所を目指していた。
辿り着いたのはテッドの店。彼は地下の不法な貧民街に店を構える男。裏社会にも通じている。テッドならばなにかわかるかもしれないとの思いで助けを求めに来たのだ。
「すみません、テッドさん。誰かに襲われて、メイデンを連れら去られたんです。力を貸して頂けませんか?」
テッドはモノクルを付けた目を商品に向けたまま、フム、と一言呟いた。
「エトピリカ。俺たち裏社会の掟を忘れたか?」
「揉め事は自分自身で解決する、ですか?」
「そうだ。誰も助けてくれやしない。皆自分のことで手一杯だからな。どうにもできない事に遭遇したなら、おとなしく受け入れて諦めろ」
「受け入れられません!」
「それでも、だ。俺達は人をあてにして生きてはならないんだ。こんな世界に産まれ生きるからには、な」
テッドは目を閉じ静かに首を横に振る。
「理不尽に遭って諦めるしかないんですか? 僕らは!」
「そうだ。警察さえもあてには出来ない。お前に金があれば、ギャングに相談することはできたかもしれないがな」
それはできない相談だった。
「ううぅ…」
エトピリカは拳を握りしめてうなだれた。
「俺たちは弱者だ。誰も守ってはくれない弱者だ。メイデンを連れ去られる時に、なぜお前は抵抗しなかった?」
「いきなり背後から襲われて…」
「犯罪者共でさえもが生きていく為に、子供相手だろうが手加減はしない。それが貧困層の世界だ。今までお前は何を見てきた?」
畳み掛けるテッド。俯いて黙ったままのエトピリカ。沈黙があたりを支配する。
「エトピリカ。俺たちはいつでも奪われる側だ。生き続ける限り、当然の権利を奪われ続ける。人より金を持てば、物を持てば妬まれ奪われる。それが嫌なら強くあれ。何者にも奪われることのない強さを」
そんななんにでも負けない強さなんて存在しないだろうが、な。と、テッドはポツリと付け加えた。
「僕が、僕が無力なのがいけないんですか?」
少年の目には涙が浮かんでいた。親に捨てられた不遇を、近所の悪ガキに所持金を奪われても抵抗できない事を、そしてメイデンさえもを連れさらわれる有様を、その理由が少年は知りたかった。
なぜ、自分はそんな目にあわねばならないのか、と。
ずっと心の奥底にあった感情が、ここに来て溢れた。
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