第35話 人の本能

 戦闘から3日後。海賊船は帰還の路についていた。本拠地まではまだしばらくかかるようだった。だが、その航路の安全は確保されている。先日追跡者を撃退したばかりで、他に驚異がいないのは明白だった。

 だからなのだろう。船員達の気は緩みはじめていた。気の緩みは時として人を過ちに導く。少年エトピリカとメイデンに心休まるときは無い。ようやく辿り着いた新天地であっても、だ。

 その日、メイデンはいつもの様に仕事を終えていた。夜も21時過ぎ。彼女が任されているのは朝昼晩の食事時の給仕などだ。洗い物をすべて終えればそんな時間になる。後はバーが開くがそれは別の男のバーテンがいる為、彼にあとを任せて良かった。

 メイデンはエトピリカが居るであろう自室の倉庫へと帰ろうとした時に事件は起こった。

「まぁ待てよ」

 そう言われてメイデンは腕を掴まれた。

「俺達にちょいと酌をして貰おうか」

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた3人の男達が酒を呑んでいた。メイデンは掴まれた腕を振りほどこうとした。

「私の仕事時間は終わりました。他を当たってください」

 メイデンはきっぱりと断りを入れた。機械なので、最初に定められたルールに沿って動く。彼女は稼働時間を最初に定められていた。今は可動対象外の時間だ。エトピリカに認められたこの船の仕事をする時間ではない。だから、メイデンは男たちに付き合うつもりは毛頭なかった。

「まぁそう硬い事言うなよ。ちょっとくらい付き合えって!」

 メイデンはグイと腕を引っ張られた。強引に男達の隣に座らされる。

「辞めてください!」

 メイデンは嫌がったが男に無理矢理抱き寄せられた。

「ハッハー! やっぱ酒の場に華がねぇとな! 機械でも無いよりはマシだろう」

「なぁ、知っているか? こいつ、なんとセクサロイドなんだとよ!」

「マジかよ…だからこんなに生身の女みてぇな抱き心地なのかよ…」

 男どもの顔付きが変わる。長い航海中ともなればご無沙汰となる。そのはけ口を見つけた為に荒ぶる野性を滾らせ始めたのだ。

「おい、こいつをねぐらに連れて行こうぜ」

 男達はメイデンを連れて食堂を出て行った。メイデンは人間よりは高い腕力を持つが、自衛行動は設定されていないので抵抗ができなかった。

 一部始終をバーテンだけが見ていた。不幸にして他の客は居なかった。誰も止めるものはいない。

「こいつはまずいことになったぞ…一応あのガキに知らせておいてやるか…」

 バーテンは問題視こそすれども、深く介入する気がないのは明白だった。


 そんなこんなで、エトピリカは事件の知らせをバーテンから受けた。

「そんな! そんな無法が許されるんですか!?」

 エトピリカはバーテンに詰め寄った。

「俺たちゃ無法者だろうよ。とにかく俺はお前に知らせたからな。あとはお前がなんとかしろって話さ。店があるから俺は戻るわ。じゃあな」

 バーテンは手をひらひらさせて去って行った。

 エトピリカが一人倉庫に取り残される。

「………」

 押し黙り床を見つめるエトピリカ。

 彼の脳内にあるのは自分の問題は自分で片付けろという人の言葉だ。この教訓は場所や人が変わろうが変わらない。少なくともエトピリカの中ではそうだった。この件で他の人に頼るのは駄目だ。少年の中では即座に結論が出された。

 メイデンが困っている。だから助けに行かなくてはならない。そこに少年の迷いは無い。たとえ一人で大人の男3人を相手にすることになろうともである。

 誰かに相談したほうが良いのではないかとちらりと考えもしたが、誰にも頼る事はできないと少年は思い詰めていた。育ってきた環境がそれを許さなかった。生きる場所が変わろうとも考えが変わることは無い。

「こうしてはいられない…」

 少年は決死の覚悟で自室を後にした。

 バーテンから相手の部屋の場所は聞いていた。だから真っ直ぐに向かった。少年が非常に思いつめた表情で歩いていることを気にかけるものはいない。


 …いや、一人いた。エース戦闘艇乗りのベックだった。

 彼は自室のそばの廊下を通りがかっただけだった。ベックは廊下の先をエトピリカが歩いているのに気が付いた。

「何だあのガキ。あいつの部屋はこっちじゃないだろうに。…なに人でも殺しに行くような表情で歩いてやがるんだ?」

 ベックはエトピリカが気になるようだった。


 エトピリカはベックに気が付かずに真っ直ぐ目的地を目指していた。

 エトピリカはある部屋の前に立つ。扉は閉まっていたが、中から女性の悲鳴のような声が聞こえる。この船にはマム以外に女性はいない。女性型のアンドロイドのメイデンがいるくらいだ。だからこの部屋にほかならない。

 エトピリカは扉を開けようとした。だが、鍵をかけられていた。

「くそっ。この、このぉ!」

 エトピリカは力一杯ドンドンと扉を叩いた。

 そして扉が急に開かれた。

「なんだうるせぇなぁ。どこのどいつだよ?」

 扉を開けた男の背後ではメイデンがベッドに押し付けられていた。一人が体を押さえ込み、もう一人が上にのしかかりズボンを下ろしている。

「ヤイ! メイデンを離せ!」

 少年は力強く言い放った。

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