第36話 小さな英雄

 扉を開けた男の表情が不機嫌なものに変わる。

「なんだぁ? 誰かと思えばこのアンドロイドの所有者じゃねーか?」

 メイデンを襲っていた二人も動きを止めていた。

「今すぐやめろ!」

 エトピリカは怯むことなく叫ぶ。だが、そんなことでやめるような無法者共ではない。

「お前ばかり良い目見てんじゃねーよ。減るもんじゃねーし、ちょっと俺らにもコイツを使わせろや!」

 扉を開けた男は明らかにエトピリカをナメた様子だった。それもそうだろう。子供相手なのだから。

 「ヘッヘッへ、そういうこった!」と言いながら、メイデンを襲っていた連中が続きを始めようとしていた。

「コイツラ…やめろぉ!」

 エトピリカは扉を開けた男にタックルを食らわせた。

 だが、体格差がありすぎて全く効いていない。エトピリカは渾身の力を込めて殴りかかる。しかし、男のガードに阻まれて全然効いていなかった。

「おい、ガキンチョ。威勢が良いだけではよぉ…やっていけねぇぜ!」

 男が力任せにエトピリカに殴り掛かる。ボゴォ、という音。ボディブローを叩き込まれたエトピリカはフラフラとよろめく。そこに容赦なく叩き込まれる膝蹴り。この時点で勝敗は決していた。だが、エトピリカはさらなる追い打ちとして右フックを打ち込まれた。勢い良く吹き飛ぶエトピリカ。彼は気を失い倒れた。


 暗転。何も見えない真っ暗闇。それは長い時間を擁したが少年には一瞬の出来事。

 ハッとエトピリカは目を覚ます。気が付いたときには自分達の寝床のベッドもどきの上。

「メイデン!」

 エトピリカは思わず叫んだ。守る事ができなかった彼女の名を。

「呼んだ?」

 エトピリカのすぐ脇にはメイデンが居た。

「メイデン!?」

「うん。何?」

「大丈夫だったの?」

「私は大丈夫」

 エトピリカは状況がわからなかった。

「うっ、イテテテ!」

 エトピリカは全身が痛む思いに顔を歪ませた。だが、軽く手当してある。医療用アンドロイドではないメイデンには治療行為はできない筈だ。

「よぉ、エトピリカ。目を覚ましたか」

 不意に呼びかけられた声の先を見ると、ベックが腕組みしながら壁に背をもたれかけさせて立っていた。

「ベックさん!?」

「私ね。エトピリカがならず者に殴り倒されたあと、彼に助けられたの」

「…そうだったんだ…ベックさん、ありがとうございます! っつ、いててて…」

 エトピリカは起き上がって礼を言おうとしたが、全身の痛みにうめき声をあげた。

「怪我が酷い。無理はするな。何、たまたま通りかかったもんでな」

「エトピリカ。ベックさん、すごかったよ。男三人をあっという間に打ちのめしちゃったんだから!」

 メイデンがベックのものまねだろうボクシングのような動きで、拳をシュッシュッと振った。

「僕は…やられちゃったんだね。情けないよ…」

「エトピリカ! そんな事はない! エトピリカは勇敢に立ち向かっていたよ!」

「そこの嬢ちゃんの言うとおりだ。お前はよくやったよ。体格差もある大人相手に喧嘩を吹っかけるとはよぉ、俺ぁお前のこと、見直したぜ!」

 ベックはにっかり笑ってグッと親指を立てた。

「そうかなぁ…」

「そうだよエトピリカ。自身持って! じゃあ、私お薬箱を戻してくるね」

 メイデンはそう言うと薬箱を持って部屋を出ていった。

 あとに残されたのはエトピリカとベックの二人。

「その、なんだ。エトピリカ。今回は災難だったな。あの三人についてはまぁ、素行が悪いのはここにいる全員だが、奴等はとりわけ札付きの悪でなぁ。まぁ、今回は俺がシメておいたから同じことはもう起きないだろう」

 ベックは申し訳なさそうに鼻頭をポリポリとかきながら話した。

「…僕はここの一員になれるでしょうか?」

「もうお前は俺達の仲間だよ。お前も立派な男だ」

「立派なもんか! 僕は大切な存在を守る事もできなかった! 僕は強くなりたい。何も失わずに済むような強さが欲しい!」

 エトピリカはポタポタと涙する。怪我の痛みに泣いたのでは無い。己の無力さに泣いた男泣きだ。

「…お前は既に十分強いよ」

 ベックはポンとエトピリカの肩を叩いた。

「僕は…ベックさんのようになりたい」

「ほほう、ならエトピリカ。お前も体を鍛えるか? こう言っちゃなんだが、俺は毎日鍛えているぜ。他の連中が酒食らっている間にも鍛錬を欠かさないのさ。丹念に積み上げた時間はな、裏切らねぇのよ」

 ベックは、「ムン!」とポージングを取った。鍛え上げられた筋肉が盛り上がる。

「やります!」

「…お前に戦う術を教えてやろう。お前はメカニックだが、将来何が起きるかもわからない。戦闘艇の乗り方も教えてやるよ」

「ホントですか!」

「あぁ。エトピリカ、お前を一流の戦闘艇乗りにしてやるよ」

 ベックは手を差し出した。エトピリカはその手を取った。固くかわされる握手。

「その代わり、途中で投げ出す事は許さんからな!」

「はい、頑張ります!」

 エトピリカに新しい仲間ができた瞬間だった。この時、エトピリカは最後までベックが自分のことをちゃんと名前で呼んでくれていたことに気が付いてはいなかった。

 エトピリカは一流の戦闘艇乗りに男として認められたのだ。この出来事が、少年の将来を大きく左右するのだった。

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