第22話 トレード

 エトピリカ達はテッドの店を訪れていた。拾ったメモリーカードの相談をするためだ。

「エトピリカ。軍用エアカーからこれを持ち出したのか?」

 テッドはしかめっ面で腕組みをしている。

「うん…」

 テッドは深くため息をついた。

「こいつの価値は俺にはわからん。中のデータは暗号化されているからわかりやしない。だが、こいつはアタッシュケースに仕舞われていたんだな?」

 テッドは念を押すように尋ねた。指先でテーブルの上のメモリーカードをとんとんと叩いている。

「うん。そうみたい。大事なものだと思うんだ」

 そう答えるエトピリカに対して、テッドはその表情一挙手一投足から真意を読み取ろうとばかりに観察していた。

「俺はお前は嘘をつかないのが長所だと思っている。ああ、実に良い美徳だ。正直者は褒められた事だ。であるから、このメモリーカードは価値あるものだと言うのだろう。お前、金に困っていたよな。こいつを俺に売れ」

 そう言うとテッドはデジタルマネーのカードをエトピリカに手渡す。

「これは?」

「生活苦のお前に、神様がお恵みをくれたんだろう。そう思え。これは取引じゃあない。俺にとってはギャンブルだ。だが、こいつには何かあると俺のカンが囁いてやがるんだ。だから、お前はそいつを受け取り、あとのことは俺に任せるんだな」

「売る予定はなかったんだけど…」

 エトピリカはデジタルマネーをテッドに返そうとした。

「お前は正直者だ。こいつを軍に届けて、ハイ終わりってやろうとしているだろうが、俺達みたいな底辺の人間は、そんな生き方じゃあ天国へは行けねぇのよ。だから、こいつは俺が預かる。お前は向こう半年は遊んで暮らせる。誰も困らない。それは良いことだと思わないか?」

 テッドは言葉を重ねて畳み掛ける。結局エトピリカは説き伏せられた。半年は生活に困らない資金というのに目が眩まなかったと言えばそれは嘘になる。それに、メモリーカードの扱いには困っていた。エトピリカが軍にメモリーカードを持ち込んでも、信じてもらえなかったり話も聞いてもらえず追い払われたりしかねなかったからだ。

 エトピリカはメモリーカードをテッドに差し出した。

「良い判断だ。この御時世、仕事を探してもありつけない。そんな中、お前は幸運に預かったんだ。今日くらい神様に感謝してもよかろう」

 テッドはメモリーカードを手にし、ニイッと笑った。

「テッドさんは僕にいろんなことを教えてくれる。金の採取の仕方とかを教えてくれたのもテッドさんだった。たまには役に立てて良かった!」

 エトピリカは素直に喜んだ。

「お前の素直さ、正直さが仕込めばものになると思わせた。現にお前はきちんと金を俺の元へ持ち込んでいた。十分稼がせてもらっている」

「このお金は大事に使わせてもらうね。将来は宇宙へ出る為の資金にするよ」

 エトピリカは知らなかったが、半年生活に困らない資金とはエトピリカなら余裕でニ年は楽に暮らせる金額だった。

 テッドはエトピリカの言葉に難しい表情だった。

「宇宙へ、か。戸籍がなければ星から出られないし、他所の星へも入れんぞ」

「こせ、き?」

「身分証明さ。どこの生まれ育ちか、記録されてんのよ。普通の人間はな。孤児のお前には戸籍が無い。まともな方法じゃあ宇宙旅行も無理なのよ」

 エトピリカは激しいショックを受けた。

「そんな! 僕はこの星を出るのが夢だったのに!」

「真っ当な方法じゃあ無理って話だ。なに、探せば方法はあるかもな。お前はそういう知恵を付けろ。そして、金になりそうなら俺にも教えろ」

「…頑張れば宇宙に出られるんだ」

「あまり期待をもたせるわけにも行かないが、存外なんとかなるもんよ。力が無ければ知恵を持て、だ。俺はそうやって生きてきた。それが持たざるものの生き様ってやつよ」

「ありがとう、テッドさん」

「いいってことよ。それより、金目のものを見つけたら、また持ってくるんだな。さぁ、店の邪魔にならんうちにとっとと帰れ、帰れ」

 テッドは追い払うような仕草をした。エトピリカは慌てて店を飛び出した。店中で売り物を見物していたメイデンがあとを追いかけていく。


「エトピリカ。良かったね。これでしばらく生活できるね」

 メイデンはホッとしたような表情を浮かべた。

「うん。メイデンが見つけてくれたおかげだよ。でも、火事場泥棒になっちゃったね」

「いいの、いいの。あのまま放置していても焼けちゃっただろうし、なら回収して保護しておかなきゃ」

「結果的に僕らは助かったからいいけどさ。こんなたまたまってあるんだね。生まれて初めてだよ」

 天から、文字通り空から降ってきた幸運。そんな幸運など、エトピリカが生きていて数える程にもなかったものだ。

「そういえば、頑張れば宇宙に行けるみたいな話もしてたよね」

「今のままじゃあ駄目なのは一緒さ! もっと頑張らなきゃって、きっとテッドさんはそう言いたかったんだと思うよ」

 エトピリカはどこまでも真っ直ぐで、そして生真面目だった。

「自分の宇宙船、持つんでしょ?」

「ほしい! そうしたら、どこまでも行けるようになる!」

 少年の心は、幻影の銀河の遥か彼方へと飛んでいる。

「エトピリカなら、きっといつか手にできるよ」

 アンドロイドの根拠のない励まし。決して否定はしない。たとえ傍目には無謀な夢でも、少年の夢を否定はしない。

 夢追い人には時としてそんな励ましが必要な時もある。簡単には実現できない、そんな現実を知った直後なら尚更だった。

 ともあれ、二人は軽い足取りで帰路に着いた。

 

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