第7話 荒れ果てた星での生活
「ねぇ、エトピリカ。私、この辺りのことをもっとよく知りたい」
メイデンはエトピリカにそんな願いをした。彼女の思考プロセスではデートへの誘いのニュアンスが強いが、ユーザーの近辺の情報を集める意味合いもある。
「この辺り? 何もない所だよ。貧困層の集落さ。金持ちはみんな空に住む」
エトピリカは空を指差す。そこに浮かぶのは超大型ドローンを土台にした空中都市。
原子力発電所ごと空に浮かべ、半永久的に電力供給を維持する。
惑星は過酷な大気汚染に曝されている。地上ほど空気が淀んでいる。金持ち達は皆空へと逃れるのだ。
光化学スモッグ注意報が天気予報で流れる毎日。いつも空はガスがかっていて、薄っすらと白く霞んでいる。
空中都市はそのガスの上を飛んでいた。
かつて天に国があると言った宗教があった。それが実現した世界では、特権階級の人間のみが住むことを許された。
天国と地獄。
住む場所が異なることは新たな選民思想を生み出した。
高貴なものほど高い場所に住み、卑しきものほど低い場所に住むと。
地べたで暮らすエトピリカは貧困層中の貧困層。少年がどれほど努力しようが、彼が貧困を抜け出すことはない。
不平等な社会思想。階級化された身分制度。ごみ拾いの少年が宇宙に出るなど夢のまた夢。なにせ彼には戸籍もない。
メイデンが空を見上げた。住宅やビルディングを乗せた超大型ドローンが空を飛んでいる。ロボットは貧困を理解しない。同情もしない。出来ない。
「ねぇ、エトピリカ。いつかあのような場所に住んでみたいね」
エトピリカはメイデンの言葉に頷いた。メイデンは希望に溢れた未来を語る。それは過酷な将来をまだ理解していない少年の胸には強く響くものだった。
「お空の街には入れないけれど、地下都市になら行けるよ。貴金属を売買するお兄さんのところに持っていくものがあるんだった」
貧困の最下層の少年が貴金属を売買する者になんの用があるというのか?
「何を持っていくの?」
メイデンは表面的な言葉に対する疑問を口にした。
「金さ」
「すっごーい! エトピリカ、金を持っているんだ?」
「髭爺に採取の仕方を教えてもらったんだ。電子機器からレアメタルが採れるんだってさ!」
電子基板から金を取る方法がある。
エトピリカに与えられた先人の知恵。それが彼の未来に光をもたらす。
「じゃあ、エトピリカはお金持ちなんだね!」
「お金は貯めておいているんだ。いつか宇宙へ行けるように。今日は地下都市に行こう。金を売ってこなきゃ」
エトピリカは出かける支度を始める。彼は床下の木の板を外す。穴が空いていて収納スペースとなっていた。そこから金色の粒の入った小瓶を取り出す。
エトピリカとメイデンはボロ小屋を出た。目指すは地下都市。その入り口は地上の一角にあった。
マンホール。入り口はただのマンホールだった。見張りも居ない。ただ、路肩にマンホールがあるだけ。
エトピリカはマンホールの蓋を外した。地下に降りる取っ手だけがある。
「この先が地下都市なんだよ」
エトピリカはそう言うと地下へと降りて行った。メイデンも後に続く。
地下は下水道になっていた。近くの壁のコンクリートが剥げていて、横穴があった。
人為的に作られた横穴。そこは犯罪者や孤児、ホームレス達が集まった集落。地上との空調や地下配電線から盗電して得た明かりの灯る地下通路だった。
人が立って歩くのがギリギリの高さの通路の両脇に柵や網で区切られたいくつもの小部屋。それぞれのスペースに主が居て住んでいる。ワケアリの人間ばかりで雰囲気の悪い地下街。しかし、マフィアの縄張りでもありアウトローのルールがある。それなりの治安は保たれていた。
エトピリカとメイデンが並んで歩く。
「ねぇ、エトピリカ。なんだかすごい場所だね」
セクサロイドは治安の違いによる恐怖は感じない。ゆえにこの場への恐れはなかった。エトピリカには馴染んだ場所である。彼は何にも気に留め無い。
地下街の者たちも、女連れの少年のことなど気に求めていない。
地下街のアチラコチラに店がある。違法風俗店。極度に薄めたアルコールを出すバー。盗品を売り捌く店。ドラッグストア(違法)と様々なラインナップ。
地上を生きるものの大半が一生関わらないであろう世界。
エトピリカは迷いなくそれらの店の前を素通りしていく。彼には何度も訪れた場所なのだ。ストリートチルドレンの子供が出入りするのも珍しくは無い。
不安定な光を供給する明かり。時折蒸気を出す空調。頭上を這い回る数々のパイプ。水道管から水を失敬している箇所もあった。ガス管からガス泥棒している場所もある。
何もかもが違法な場所。それがこの地下街だった。
エトピリカはとある網の前で立ち止まった。なんの看板も無く、扉が一つ据え付けてあるだけだった。
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