第13話 ゴルンノヴァとホラッチョ
「私にも手伝える事はある?」
メイデンがそう切り出した。彼女も単純なルーチンワーク程度なら人間よりもよほど正確にこなせる。
「図面通りにこなさなきゃいけないけど、わかるの?」
メイデンは電子基板の図面を覗き込む。
「…専門的なネットワークに繋げられないとわからない知識が必要だよ。ごめん。わかんない」
「そっか。わかった。時間でも潰して待ってて。結構時間は掛かりそう」
大量生産では無く1点物の仕事だ。ルーチンワークではない。
エトピリカは手早く作業を終えていきはじめた。メイデンは静かにその光景を見ている。
半日程した頃であろうか。
「よし、今日の分、終わりぃ!」
「エトピリカ、お疲れ様。器用なんだね」
「面白いから覚えちゃったんだ」
好奇心は最大の才能。楽しいものはすぐに覚える。それは勉強も仕事も同じものだろう。
「凄いことだと思うよ。何かを作れるのって」
「アハハ、そんなことないさ。ヒゲ爺なんてもっと凄いよ?」
と、そこにヒゲ爺が現れた。
「ボウズ。なかなか早かったじゃないか。ほらよ、こいつは今日の給金だ。取っときな」
ヒゲ爺はわずかばかりの金をエトピリカに渡す。その金額は微々たるものだ。はっきり言えばゴミから貴金属を採取するよりも少ない。だが、貴金属採取はゴミが無ければできないものだ。エトピリカにとっては貴重な収入源である。
エトピリカは受け取ったお金を大事そうに仕舞った。
「ボウズ。しばらくは別件の仕事に掛かりきりになる。部品加工の案件だ。プレス機は危険だからお前にはまだ早いな。当面、お前に任せる仕事はおあずけだ」
「わかりました」
作業には危険が付きまとうものもある。プレス加工は設備自体が危険なものであるので、エトピリカには任せられないと言われればそれまでだ。
だが、これはエトピリカの生活に影響する事だった。収入が減るという事である。
そばで聞いていたメイデンにはそんな事情はわからない。
「今日はもう帰って良いぞ」
ヒゲ爺に促されて帰り支度を始めるエトピリカ。その日の仕事は終わった。
町工場を出てすぐの坂に差し掛かったところ…。
ヒュッ!
何かがエトピリカの頬をかすめた。見ると石つぶてだった。
「よぉ、エトピリカ。仕事帰りかよ。貧乏人は大変だなぁ。ハッハッハ!」
坂の上に立っていたのは体格の良い少年。年頃はエトピリカと同じくらいであろうか。横には顎の尖ったちびの少年。
「…! ゴルンノヴァ!」
ゴルンノヴァと呼ばれた体格の良い少年はニヤリと笑った。
「ところでよぉ。俺様、ちょっと物いりなものでな。金貸してくんない?」
顎の尖った少年も横でニヤニヤ笑っている。
「そうです、そうです。エトピリカは日払いでお金を貰っているはず。我々は学業に精を出さないといけませんから、そんな我々を助けても何らバチは当たらないでしょう!」
ゴルンノヴァはウンウンと頷いた。
「ホラッチョ、お前頭がいいな! ってわけで、有り金置いて行ってもらおうか?」
ゴルンノヴァは腕組みをして仁王立ちした。
「ねぇ、エトピリカ。あれ、誰?」
メイデンがエトピリカに囁く。
「ゴルンノヴァとホラッチョ? この辺りを仕切っているガキ大将さ」
ゴルンノヴァはメイデンに目を止めた。
「…? 何だ、誰だその女は? あんな美人、この辺りにいたか?」
遠目にはメイデンがアンドロイドだとわからないらしい。
「ゴルンノヴァ、エトピリカのやつはああ見えて顔は広いですから、貧民街の輩かもしれませんよ? エトピリカに肩入れするようなまっとうな人間なんているわけ無いですから。つまり、社会のゴミでしょう」
ホラッチョが口を尖らせて早口でまくし立てる。
「おう、ホラッチョ。冴えてるな、お前! エトピリカにまともな知り合いなんざいるはずないもんな!」
エトピリカは自分と一緒にいるメイデンが侮辱されたのがとても許せなかった。ゴミ山に捨てられていた彼女を不憫に思うところがあったのだ。エトピリカに自覚は無かったが、親に捨てられた自分自身を重ね合わせて同情していた。自分達はいらないもの同士。誰にも必要とされなかった。そんな彼女を社会のゴミと呼んだホラッチョを許せなかった。誰にも必要とされなくても、今は自分が彼女を必要としている。そんな大事な存在となりつつある相手への侮蔑。それは少年に生まれて初めての怒りというものを教えた。
「今の言葉は聞き流せないな、ホラッチョ。謝れ! メイデンに謝れ!」
ホラッチョがゴルンノヴァの背に隠れた。
「今日は珍しく強気ですね! さては女性の前だからカッコつけてますね? ゴルンノヴァ、我々はエトピリカに舐められているようですよ」
ホラッチョは虎の威を借る狐だ。自分では何もできないが、腕っぷし自慢のゴルンノヴァの影でやりたい放題しているガキだ。
「エトピリカ。またギッタンギッタンにのされたいらしいな?」
ゴルンノヴァは腕まくりをした。
「メイデン、離れてて!」
エトピリカはメイデンを遠ざけつつも、自分自身は逃げなかった。
数分後。ボコボコにされて地面に組み伏せられたエトピリカ。
ゴルンノヴァの手には今日の給金が入った袋。
「素直に出すもん出せばいいんだよ! こいつは俺達が有効活用してやるからありがたく思え!ハハハハハ!」
「さっすが、ゴルンノヴァ! エトピリカのやつもこれからは従順になるでしょう!」
ゴルンノヴァがエトピリカを踏み躙る。…と、エトピリカの手がゴルンノヴァの足を掴む。
「…メイデンを侮辱するな…」
「こいつ、まだ抵抗するのか!」
「…ゴルンノヴァ。エトピリカのやつ、気絶してますよ。捨て置いていきましょう」
「チッ、どこまでもウザいやつだな!」
ゴルンノヴァはエトピリカの手を蹴りどけて立ち去っていった。
メイデンが駆け寄る。
「エトピリカ、大丈夫!?」
メイデンはエトピリカを案じていたが、離れていて、の命令に従わなければいけなかったので動けなかったのだ。
エトピリカは殴られて気絶していた。
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