第12話 日々の細々とした稼ぎ

 ある朝。エトピリカは普段通りに目を覚ます。目の前にはセクサロイドの胸があった。薄着の下の裸体は人間の身体と殆ど変わりが無い。さすがの少年も目のやり場に困り、顔を赤らめる。

 もそりとエトピリカは起き上がった。少年の朝は早い。夜間にごみを捨てる人が多いので、朝にごみの収集業者が現れるまでに回収しに行かなくてはいけないのだ。

 夜間のごみには生ごみを含む生活ごみが多かった。つまり、金となるようなめぼしいものはない。飲食店の残飯や小売店の弁当の廃棄品といった品々が狙い目の時間帯。それは少年がその日一日食べるものを確保する時間帯だ。

 道路を清掃するオートロボットが道端のごみを収集して回っていた。回転する箒が路面を掃き、その後に水とモップで綺麗に吹き上げられていく。

 少年はオートロボットの脇を通り過ぎ、まだ人が出歩いていない時間帯の道路を歩いた。目指すは食料廃棄品が毎日出るスポットだ。

 本当は廃棄された直後を狙うのが確実なのだろうが、ごみを捨てに来た人に箒をもって追いかけられたこともあるので時間帯をずらすようになった。

 エトピリカがごそごそとゴミの山を漁る。賞味期限が切れたパンなどが捨てられている。多少硬くはなっているが食べられない事はなかった。なにより背に腹は変えられない。

 エトピリカが戦利品を袋に詰め込んでいく。ひとしきり縄張りを確認し終わったようで、少年はパンパンに膨れ上がった袋を満足そうに持ち上げた。

 貧困にあえぐものはその日の暮らしさえ精一杯であり、未来のことなど考えられない。貧困層ほどにその日一日さえしのげれば満足してしまう。エトピリカもまた、その日の糧を得て安心していた。満足することが幸福ならば、少年は幸せという事になる。

 そのような吹けば飛ぶような幸福などに、一体いかほどの価値があろうか。

 人は努力することでようやく前向きな変化が可能だ。今の少年に必要なのは、生きていく為の技能を身につけること。現状に満足していて良いはずがない。

 少年は幸いだった。無自覚にして町工場の人間の腕に憧れていた。彼はいつもヒゲ爺の工場に出入りしている。

 ヒゲ爺はエトピリカにとっては憧れの人であり、お得意様であり、師匠である。工具の使い方はヒゲ爺がエトピリカにひとしきり教えた。エトピリカは子供特有の興味本位により、砂漠に染み渡る水のように技術を身に着けた。少年はまだ、自分自身に見に付いたものの価値を知らない。


 エトピリカは家に戻り、粗末な食事を終えた。そのころにはメイデンも活動を始めていた。

 エトピリカは出かける準備を始める。

「ねぇ、どこかに出掛けるの?」

「ヒゲ爺の工場にね。今日ははんだ付けの手伝いをするんだ」

 仕事を手伝えば駄賃をもらえる。社員でも何でも無かったが、ヒゲ爺はエトピリカを気に入っていて仕事を任せているようだ。

「私もついて行っていい?」

「いいけど暇じゃない?」

「いいの。エトピリカと一緒ならどこだって」

 セクサロイドの言葉に嘘偽りわない。彼女には暇をするという概念がなかった。ただ、彼女の申し出は興味本位ではない。主のことはよく知る必要がある。プログラムされたルーチンにより導き出された回答だ。

 二人は近くの町工場を目指した。工場にたどり着いた時、一台の立派な車が停まっていた。

「誰だろう。お客さんかな?」

 エトピリカは来客への対応はしない。ただ、邪魔にならないように言い付けられている。エトピリカは入り口には向かわず、応接室の窓から中を覗いた。

 中に居たのはヒゲ爺と眼鏡を掛けたデスクワーカーのようなスーツ姿の男。

 スーツ姿の男は笑い掛けながらヒゲ爺に話をしているが、ヒゲ爺は難しそうな表情だ。あまり良い話では無さそうだった。

 やがてスーツ姿の男は車でその場を立ち去った。

 エトピリカはしばらくしてから室内に入った。

「ヒゲ爺、どうしたの?」

「なんだ。ボウズか。何でもない。それより今日ははんだ付けの仕事を頼んでいたんだったな。基板を用意してある。全てにコンデンサなどの取り付けを終えておいてくれ。図面は作業場のお前の机に置いてある」

 ヒゲ爺は先程の話をエトピリカに聞かせるつもりはないようだ。ただ、作業指示を出すばかり。

 エトピリカは「わかった」と一言呟き、作業場へ向かった。

 メイデンはひとしきり辺りの様子をうかがいキョロキョロしている。

 工場には溶接などを行う鉄工のブースや、車体や中型自律駆動ロボの組み立てブース、はんだ付けを行う作業ブースなどがあった。

 町外れの工場ではあるが、様々な仕事に対応できる工場の造りだった。

 受けられる仕事はなんでも受ける。ヒゲ爺のポリシーが形となった工場の姿そのものだ。それはそうしなければ生活が成り立たぬことの裏返しでもあったが、ヒゲ爺の町工場はなんとかやりくりできていた。

 エトピリカは作業机につき、図面を広げる。それは電子基板の図面だった。

 少年がこれから行うのは細やかさを要求される作業。溶接とはまた異なるスキルが必要な仕事だ。

 エトピリカは作業に取り組み始めた。

 僅かばかりの賃金ではあるが、少年には数少ない稼ぎとなる。少年の表情は真剣だった。

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