第14話 夢
それは何処の夕暮れか。それはいつの公園か。定かではない。あるいは現実に存在しなかった記憶かもしれないときと場所。
大勢の子供たちが遊具で遊んでいる。皆が思い思いに過ごしている。エトピリカもその中にいた。
やがて公園の入り口に親らしきものが現れて、子供たちは親に手を引かれて帰っていく。
一人、また一人と帰っていく。
やがて、エトピリカ一人がその場に取り残される。
夕闇は更に広がり、エトピリカの足元の影は大きくなっていく。
エトピリカは迎えに来るものがいないと、半ば諦めていた。
そこに
公園の入口に一組の男女の姿。顔は真っ暗で見えない。
「『エトピリカ』さぁ、一緒に帰ろう」
優しげな男の声。
「『エトピリカ』今日はお父さんとお母さんと帰りましょう」
優しげな女の声。女はエトピリカに向かって手を伸ばす。
エトピリカには相手が誰だかわからない。だが、自分の父親と母親の気がして思わず走り寄る。
「お父さん!お母さん!」
エトピリカは必死に両手を伸ばす。頬を涙がつたる様な感覚。
しかし、走れども走れども近付けない。
やがて、男女はくるりと踵を返して立ち去っていく。どんどんその姿が離れていく。
「待って。待ってよ!お父さん、お母さん!」
エトピリカは走り続ける。男女はどんどん遠くへ去っていく。
「待って!」
エトピリカは大声を上げながら、右手を天井へ伸ばしていた。
気が付いたら横になっていた。メイデンが膝枕してくれている。
どうやら自分の住処に居たようだ。
「エトピリカ。目が覚めた?」
メイデンが濡れた布でエトピリカの顔を拭いていた。
医療行為は認可を受けたロボットにしかできない。医療ロボでは無いメイデンにはこのような事をするのが限界だった。
「えっ…夢?」
エトピリカは酷く落胆した声を絞り出す。
「エトピリカ、泣いているの?」
エトピリカは涙が頬を濡らしているのに気がついた。エトピリカは起き上がって、服の袖で顔を拭い去る。
「なんでもない。なんでもないよ!」
エトピリカは夢の内容を忘れようとする。それは幼い頃から見続けてきた願望のような悪夢。いつだって親の姿は不明瞭。いつだって幸せに慣れそうな雰囲気を漂わせながら、最後には掴み損なう夢。
「傷が痛むの?」
メイデンがエトピリカの顔を覗き上げようとする。
「へっちゃらさ。こんな怪我、なんともない…イチチチ。やっぱり少し痛いや」
エトピリカの顔にはアザができていた。ゴルンノヴァは全く手加減なんてしていなかった。彼らは街の治安を悪化させる不穏分子に正義の鉄槌を下したヒーローのつもりでさえいる。そこになんの情けも容赦もなかった。
「何もできなくて、ごめんね」
メイデンは謝った。自分の機能以上の事が出来なかった時や、自分にはその権限がなかった時に、ユーザーに謝罪するプログラムがされていた。
そんな謝罪ではあったが、それはまるでメイデンがエトピリカに気を使っているように映る。
「ううん。あいつらが悪いんだ。いつも僕を目の敵にする」
問題の原因を定め、メイデンには何の責任も無い、とただそれだけを告げたかったエトピリカ。
「どうして?」
人間ならば、あるいは踏み込まなかったかもしれない質問。しかし、機械にはそんな機微を求めるのが酷なのかもしれない。メイデンはエトピリカの言葉へのストレートな球のキャッチボールしかできなかった。
「僕が、僕が親にも捨てられるようないらない子なんだと、お前の居場所なんかどこにも無いんだと、いつもそんなふうに」
それでもエトピリカは口をつぐんで侮蔑を耐え続けてきた。普段はそうだった。誰の理解もいらない。そんな風に構えていた。エトピリカが自然と身に着けた処世術だった。
事を荒立てれば、以前の様にいじめっ子達の親が出てきて追われる。
ならば、歯を食いしばってでも今ある縄張りを守る事を優先する。住処をなくせばますます生きていくのが困難になるからだ。
だが、今日は違った。いつもの流れとは違う。エトピリカは抗った。本人は何に抗ったのかも理解できていない。
それでも少年は抵抗したのだ。ゴルンノヴァとホラッチョに。
決して格好を付けるためではない。どうしても許せない何かがあった。
エトピリカは気弱な少年ではない。やるときはやる男だ。
「エトピリカはいらない子なんかじゃないよ。私は必要としているもの」
ユーザーを全肯定するコミュニケーション機能。ときに落ち込んだ主を励まし、時に慰める。そうやって擬似恋愛関係を作ろうという機能設計。
「…うん、ありがとう!」
エトピリカにはメイデンの本質はわからない。だが、みなしごの少年には女性型アンドロイドの言葉が何より嬉しかった。
ただの言葉ではあっても、投げかけられるだけで嬉しいものは存在する。
「エトピリカはカッコ良かったよ」
蛮勇とは言えないまでも、体格差のある無謀な喧嘩だった。その闘志の原動力はいろいろな感情が絡んだものであったが、大部分はメイデンを気遣ったものである。
女性『型』のロボットはそんな男性を褒め称えた。
少年は気恥ずかしそうに照れるばかりだった。
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