第24話 忍び寄る影
エトピリカ達が一息付けるようになって数日。ただ、緩やかに日々が過ぎ去っていった。
「今日はヒゲ爺のところに行ってみようかと思うんだ。そろそろ次のお仕事の話があるかもしれないし」
エトピリカはおもむろにそう切り出した。
「もうしばらく遊んで暮らしたらいいんじゃない?」
「せっかくだから、お金は将来のために貯めておきたいんだ。それにさ、働いていないと何か落ち着かなくて」
ここ最近のエトピリカは手持ち無沙汰だった。食料集めや廃棄品収集をするくらいで、あとは一日何もせずにいた。仕事が無いので仕方がないが、お金を使う習慣もないので何も出来ない。メイデンが話し相手にいなかったならば、エトピリカは何をしていたのだろうか。
「エトピリカはじっとしているのが苦手なんだね」
「メイデンはどうして平気なのさ?」
「私はほら、待機状態なら節電しているだけだから」
アンドロイドなのだから、何もしないでいる事は苦でもないのだ。
「僕はなんか苦手だなぁ」
「エトピリカ、ワーカホリックかもよ。診断を受けてみたら?」
「医者は金がかかるから駄目。じゃ、行ってきます」
「はーい」
エトピリカはボロ屋を飛び出した。今日はメイデンはお留守番だ。
だがしかし、少年の想像を超えた出来事が待ち受けていた。順調かと思われた先行きに、全く懸念もしていなかった展開。
少年が工場に辿り着いたとき、僅かな違和感を感じた。
「…あれ、なんだか静かだな」
無音で作業出来るような仕事場では無い。音ばかりか、工場には明かりもついていなかった。
「坊や、この工場になにか用事?」
エトピリカが振り返ると、通りすがりの主婦がいた。
「はい。そうです。ここで働かせて頂いていました」
「ここの工場長のお爺さんね、大手企業仕事で失敗しちゃって、仕事を干されちゃったのよ。それで夜逃げしたみたい」
それはエトピリカには初耳だった。
「それじゃあ、今は誰もいないんですか?」
「ええ、そうよ。あなたも早く次の仕事を探す事ね」
主婦は去っていった。
「そんな…ヒゲ爺…」
実態としてはいいように使われていただけであったかもしれないが、わずかばかりでも給料をもらえるだけ、エトピリカにはありがたかったのだ。
生活の支えだった場所がなくなった。将来の為に、僅かばかりのお金を得ていた場所はもう無い。
エトピリカはションボリしながら帰るしかなかった。
その帰り道。
エトピリカはどうしたものかと考え事をしていた。そんな時、街頭のモニターが一斉に切り替わった。
緊急放送だった。映し出されたのはあのエアカーの墜落現場だ。
「軍部からのお知らせです。先日、宇宙海賊の襲撃により、軍の機密を載せたエアカーが撃墜されました。軍用機を襲った賊に心当たりのある方は、至急軍部までご連絡ください。繰り返します…」
無機質な声が淡々と内容を繰り返す。
軍が宇宙海賊を追っている。当然だろう。どこの勢力のものかはわからないが、命知らずな連中であることは確かだ。
メモリーカードを拾った件はどうしたものだろうか。少年は手放した後だ。テッドがどうするつもりかはわからないが後は彼次第となる。基本正直者のエトピリカにはなんともむず痒い話であった。
と、その時エトピリカの近くで舌打ちが聞こえた。
ふと、その方向を見ると、ガラの悪そうな男がいた。街頭モニターを見ている。…どこかで見覚えがある顔だった。何処だったか…。
「ん、何だ糞ガキ。何見てやがる!」
エトピリカは慌てて視線を外した。そしてその場を離れようとする。
ふと、記憶が蘇る。そうだ。あのエアカーを襲っていた宇宙海賊の男とそっくりだ。
「宇宙海賊!」
エトピリカはつい声を漏らしてしまった。顔を冷たい汗が流れるのを感じた。足早にその場を離れようとする。
「なんだと? うん、お前に見覚えがあるな。そうだ、あのエアカーの墜落現場にいたな?」
男にもエトピリカに見覚えがあったようだ。エトピリカはダッと駆け出す。後ろを振り返りもせずに、曲がり角や細道などの入り組んだ道筋を選んで逃げ込む。
「おい、待て! 待ちやがれ!」
そんな声が聞こえた気がしなくもないが、とにかく一目散に逃げる。
路地裏のゴミ箱の影にうずくまり、様子をうかがうと男の姿は無かった。どうやら見失ってくれたらしい。
困った事になった。本来なら軍属の車両を襲った賊として軍部に通報するのが筋なのだが、事故現場にいたエトピリカの目撃情報が届いていないとは限らない。火事場泥棒のマネをした後ろめたさもある。とても軍を頼ろうと思えるような心境ではなかった。
なぜ、宇宙海賊が危険を犯してまで町中をまだうろついていたのか。なぜ、自分を追いかけて来たのか。わからない事ばかりだが、良くない状況にあるのは確かだ。
少年は息を潜める。今いる場所はよく見知った場所だ。もう少し時間が経つまで待ったほうが良さそうだ。
軍に見つかるのも宇宙海賊に見つかるのもまずい。このトラブルは自分から飛び込んだ火の中。元から軍には頼れない身分ではあったが自分で対処するしかない。
宇宙海賊も軍に追われる身のはず。時間が経てばいなくなる見込みだ。それまで隠れていれば良い。
もうしばらく家でじっとしている方が良さそうだ。
身を隠した少年はそんなことを考えていた。ともかく、その場はなんとかやり過ごせたようだった。
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