第38話 料理屋の女の子
小さな島だった。目的地はあっという間に辿り着いた。そこは石造りの建物だった。この星には木が少ないのだろう。木材がないから医師とレンガで家を作るわけだ。
島の中では大きな建物に入る。看板らしきものはない。島の人間を相手にしか商売をしないから看板などは不要なのだろう。
ベックが先頭を切って店に入る。彼らは角のテーブルに座った。
「今日は新入りを連れてきた。この島名物を振る舞ってくれ」
と、ベックは店の中に呼びかける。
オーダーを受けるのは女の子だった。エトピリカとそう年は離れていない。その女の子がエトピリカを興味深そうに見ている。新入りというのが珍しいのだ。普段は島の関係者しか店に来ないのだから。
女の子は厨房に行った。
「なんだ、あの子が気になるのか? あの子はアナヤ。この店のコックの娘だ」
「そんな、違いますよベックさん!」
エトピリカは慌てて否定する。
「そうよ、私ってものがありながら!」
メイデンは店の娘を意識し始めた。
「年の近いもの同士で遊ぶのが一番だと思うがな。この島のガキ共は海藻の養殖を手伝っている。数少ない収入源で糧にもなるからな。まだ皆仕事をしている時間だろう」
「僕も手伝ったほうがいいですか?」
「お前は船のクルーとして最初から選ばれた。気にしなくて良い」
と、そんなこんなで話をしていると料理が運ばれてくる。海藻サラダ、貝のスープ、焼き魚。海の幸だらけだ。メインは海鳥の照り焼きだった。
エトピリカには新鮮なものばかり。生まれ故郷では海産物など食べる機会がなかった。
「美味しいです!」
「そうか? 俺は食い飽きたモノだからよ」
と、そこに先程の女の子がトコトコやってきた。
「お父さんの料理なんだから美味しくて当たり前よ。ベックさん、こいつどこの子?」
「こいつはエトピリカ。ある鉱山惑星にいたみなしごさ。わけあって海賊団で面倒を見ることになった。今はメカニッククルーだ」
「…なんでこんなガキンチョが船のクルーになれるのよ。こいつがなれて私がなれない理由がわからないわ!」
海賊団のクルーになるのは島の子どもたちの憧れだった。アナヤも例外ではない。
「僕は元々町工場で働いていたこともあったから…」
「それでも納得できないのは納得できないわ!」
「アナヤにはこの店の看板娘という大事な仕事があるからよ」
「給仕の仕事なら船内にもあるじゃないですか。なら私がそこで働いてもいいはず」
すかさずメイデンが割って入った。
「残念でした。その仕事は私がやってます」
「…何この女の人」
「こっちはメイデン。エトピリカの所有するアンドロイドだ」
「えぇーこれがアンドロイド!島にはいないからはじめてみた」
アナヤは非常に驚いている。
「そうでーす。家事全般何でもこなせる私がいるから、船の配膳業務などは私にお任せ」
心なしかメイデンに対抗意識が見えた。ライバルに負けるようではセクサロイドはつとまらない。
「そんなのずるい! 私も海賊団で働きたいのに!」
「お前はまだまだ子供だ。あんな危険なところで働かなくてもいいさ」
ベックがなだめるが、火に油を注ぐ格好となった。
「エトピリカならいい理由がわからない。私、マムに頼み込んでくる!」
アナヤは店を駆け出していった。
「アナヤ、アナヤ! どこいった?」
厨房の奥からコック帽を被ったおっさんが現れた。
「アナヤならマムの所へ駆け出していったぜ。船に乗せてもらおうとな」
「なんだって!? ベック、なんで止めてくれなかった! まったく忙しいときに困った子だ」
ベックは肩をすくめるばかりだ。
「ま、今回がはじめての出来事でもない。今日はエトピリカ達が現れたから嫉妬したんだろう。お前たちも気にするな」
「…僕、食器洗いを手伝ってきます」
「おやおや。働き者だねぇ」
エトピリカはまだ余所者という自覚があった。少しでも早く溶け込もうと苦心している。
「じゃあ、私があの子の代わりにオーダーを取るね」
メイデンもエトピリカに習うのだった。自分のマスターにだけ働かせているわけにも行かない。
「なんだ。気の利く新入りじゃないか」
コックのおっさんはエトピリカたちを褒め称えた。
アナヤが帰ってきたのは二時間後。店も繁盛している時間帯だ。アナヤは驚いた。エトピリカとメイデンが店で働いているからだ。今までそんな事をしたものはいない。彼女は少しばかり自分の居場所が取られた気分になった。
「私も負けてられない!」
それはアナヤのやる気に火をつけた。ともかく、アナヤは嫌でもエトピリカ達を意識することとなった。
ベックはゆっくりと店で酒を飲み続けていた。航行中でなければ気兼ねなく酒を飲めるのだ。
エトピリカ達がお手伝いを終えたのは、夜の二十ニ時くらいとなった。店はちょうど酒を飲む荒くればかりとなった頃だ。その頃には大人の女たちも店に入り乱れる。アナヤも帰らされる時間帯だ。
エトピリカは酒を飲んでいるベックは置いて船に帰ることになった。
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