第18話 道を切り拓く力、その名は
「失いたくなければ強くあれ。賢くあれ。持たざるものではあっても、これだけは忘れるな」
テッドはここでようやくエトピリカを見据えた。
「…」
エトピリカは押し黙る。
テッドはモノクルを外して布で吹き始めた。
「エトピリカ。お前にはまだまだ知恵も足りない。アンドロイドを盗んだとしても、それをバラバラにして売ってもたかが知れている。ならどうするか。…工場の出荷前状態に戻して、所有者登録できるようにして転売するのさ。そうするのが高く売れる。特に、あの子のような高級品はそのまま売り飛ばすのが一番儲けられる。俺ならそうするね」
エトピリカはテッドの言わんとしていることがわからなかった。
「テッドさん。どういう意味ですか?」
「エトピリカ。お前はまず、相手ならどのように考えるだろうかと思考するクセをつけろ」
「なぜなんですか?」
「相手の気持ちを推し量れなんて言う道徳の話じゃないぞ。犯人達はどのように考え、どのように動くかと言う事を考察できるようになれと言っている」
「相手ならどう考えるか…」
エトピリカは顎に手を当て思案する。しかし、少年の知恵では何も思い浮かばない。
「いきなりは無理だろうが、生きていく上での知恵だ。心に留めておくんだな。さて、話を戻そう。アンドロイドを売り物にするなら、初期化する必要があるってこった。連れ去るにしても、マスター登録者のいるアンドロイドが大人しくしているわけがない。よくあるEMP兵器で無効化して持ち去ったのだろうが、それなら用意が良すぎる」
「どう言う意味ですか?」
「そんなものがあるなら日常的に用いて犯罪をしているはずだが、そんな話は聞かない。大方、あのアンドロイドを見かけて思わず自分達の寝床から持ってきて使ったんだろう」
テッドは机から地図をバッと取り出した。エトピリカはハッとする。
「ここだ。テッドさん。このあたりで襲われたんです!」
エトピリカは地図を指さした。
「この辺りか。…近くに昔、アンドロイドの製造を行っていた廃工場があるな。ここなら暴走するアンドロイドを止めるEMPがあってもおかしくないし、アンドロイドを初期化してセットアップする機材もある事だろう。犯人はまず間違いなく、ここの設備に関わる人間と見て間違いない」
それはテッドの予測。だが、手掛かりもなかったエトピリカには希望の光のように思えた。
「ありがとうございます。テッドさん!」
「俺が手を貸せるのはここまでだ。荒事には自信はないし首を突っ込みたくも無い。あとは自分で何とかするんだな。理不尽な運命が嫌なら自分自身の『意思』を示せ!」
「はい!」
エトピリカはダダっと駆け出して店を出ていく。テッドはそんな姿を見送るばかりだ。
一人残された店の中、テッドは静かにため息をつく。
「エトピリカ。最後に問われるのは己の意志だ。受け入れられぬ今に否を突き付ける意思が、頑張れよ」
エトピリカがテッドの店を出て、地下の貧民街を抜け出した頃には地上は夕闇に包まれていた。
目指すは地図に示された廃工場。場所はやや遠い。辿り着く頃には夜となっているだろう。
行き交う人を避けながら、エトピリカは決意を秘めた顔付きで真っ直ぐに目的地を目指す。これ以上は他人の力を当てこめない。自分一人で解決しなくてはならない。
その廃工場は路地裏の奥にそびえ立っていた。外壁は錆びつき、使われなくなってしばらく経つのがわかる。
「ここか…」
エトピリカは恐る恐る敷地内に踏み込んだ。かつてならセキュリティロボットに守らせていたかも知れないが、今はそんなものは無さそうだった。
無人の工場内を、少年は忍び足で歩く。
火の消えた工場はその設備を止めているが、ぽつりぽつりと明かりが灯っている。
誰かがいるかもしれない。非常灯の光がそんな予感を抱かせる。
電気は通っているようだ。テッドの予測は当たっていたのかもしれない。
だが、自分一人でメイデンを取り返せるだろうか、と少年は不安だった。
力を持て。知恵を持て。と言うテッドの言葉を思い出す。
まだ子供のエトピリカにはどちらも不足している。だが、そのどちらでもないが必要なものなら持ち合わせていた。
勇気。
一歩一歩足を進ませるのは間違いなく勇気。ようやく見つけた身近な誰かという存在を失いたくない思い。
その一握りの心が、何につけても諦めがちだった孤児の少年の心を強くしていた。
「…ホコリだらけの床に人が通った跡がある…」
エトピリカは注意深く周りを観察していた。人の気配を探りながら進む。幸いにして、隠れる場所ならいくらでもあった。
人の歩いた形跡を辿りながら進む。
進行方向の先に、明かりの灯った部屋があった。
ドクン、と心臓が脈打つ。緊張感が高まる。これまで以上に気配を消して忍び寄る。
ここであってくれと半ば祈りながら、エトピリカは明かりの灯った部屋へ近づく。
エトピリカは目的の部屋の壁にへばりついた。
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